--役割分担がちゃんとしてるんでしょうね。3人が同時にドーンってなった時って、解散 とか脱退とか、悲しい結果を生み出すと思うんです。
ヤマケン: そうかもしれない。3人のバランスがいいかもしれないですね。
--そんな中で、Kenさんに、PIZZA OF DEATHからリリースしたいって直訴したんですか?
ヤマケン: 1st(アルバム)出して、4WAYがあって、2年くらい空いて2ndだったんですけど、そんときが一番低迷していて。ツアーも廻ったんですけど、このままじゃダメだなって。そこでPIZZA OF DEATH……他のバンドは知らないですけど、メロディックをやってる以上はHi-STANDARDが大きい存在としているから、PIZZA OF DEATHは凄いレーベルだと思うじゃないですか。だからこそ、あそこだけには入らないって思っていたんですよ。それはあの人たちを越えられなくなるから。
--ああー。
ヤマケン: でも、メンバーがみんな30歳も超えるし、そんなことも言ってられないなって。それに、KEN BANDに誘ってもらえるようになって、PIZZA OF DEATHの人と話すようになって、凄く魅力的なレーベルだな、スタッフ全員がアーティストに近いなって思うようになったんですよね。そこで、昔持っていたようなプライドは捨てて、2ndのファイナルが終わるちょっと前くらいに、俺が二人に言ったんです。CRとはアルバム2枚を出すっていう条件があったんで、これが終わったら契約上は切れるから、次は違うレーベルでもいいんじゃないの、違うんだったらピザがいいと思うんだよねって。
--それを聞いた時に、二人はどう思ったんですか?
トノ: いや、KEN BANDとのツアーの時に、ISOさん(PIZZA OF DEATH)とかに、「来ればいいじゃん!」って言われて、えええ!?ってなったりもしましたし。そっから意識はするようになりましたね。その時に言われたのは、「KenさんもDRADNATSを気にしてるよ、 若手でそんな気にしてるのも珍しいよ」って。それでまた、えええー!って。
--そういうプロローグがあったんですね。
トノ: あと、珍しくキクオが、俺はピザに行きたい!って。そういう提案系はヤマケンが引っ張ることが多いんですけど。
キクオ: 移動中に、ヤマケンが運転してて、そういう話になって、PIZZA OF DEATHってみんな入りたいんじゃないの?って思っちゃいましたね。ピザに入ったらどうのこうの、って言う人も多少はいるかもしれないですけど、青春時代から頭に一番入っているレーベルだし、入りたいっしょ!っていうのは素直な意見だったかな。それで、入るには覚悟を決めなきゃっていうのはありましたけど、入れるチャンスがあるなら入りたいとは思いました。
--話を聞いていると、ほんと、ピュアな気持ちを信じて進むバンドですよね!
ヤマケン: Kenさんにも直接言ったんですけど、俺たちの憧れていたPIZZA OF DEATHって、メロディックパンクのレーベルなんですよ。ハイスタがいて、ハワイアンがいて。でも、ハワイアンがIKKI NOT DEADを立ち上げてからは、東京のメロディックの3ピースがいなくて。じゃあ次は俺らじゃない?とは思っていました。
--Kenさんプロデュースっていうところでも、ハスキン、ハワイアン、その次を担うわけですからね。
ヤマケン: プレッシャーは尋常じゃないですよ! ハイスタも含めて、その各世代の代表バンドじゃないですか。
--プロデュースっていうのは、Kenさんからの提案だったそうで。
ヤマケン: そうっすね。俺らもやって欲しかったので、一致した感じですよね。
--そういったことが決まって、低迷していた時期の糸口は見えたと思いました?
ヤマケン: うーん。結果論でしかものが言えない世界っちゃ世界じゃないですか。わりと長いことバンドもやってきたんで、仮にピザからKenさんプロデュースで出しても、ハスキンやハワイアンみたいになれる保証はない、っていう後ろ向きな考えもありましたね、全然。よしこれで行ける!みたいな感覚ではありませんでした。それは毎回スタジオでも言っていましたね。次のスタジオまでにこれをやってきて、みたいなことをやってこなかった人がいたりすると、「お前もうPIZZA OF DEATHから出すから売れたと思ってるんだろ」って(笑)。
--つくづく、誰かが緩むと誰かが引き締めるんですね。
ヤマケン: そうですね。
Interview by 高橋美穂
Vol.3.へ続く
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