名前を聞くようになった頃のSANDは正直、“関西にひしめくメタリック・ハードコアのひとつ”という印象に留まっていました。実際大阪は、1990年代の初頭からTERMINAL JUSTICE MAXXを筆頭にDUG REVENGE、SECOND TO NONEといった多くのバンドが存在し、次世代にあたるSTRAIGHT SAVAGE STYLEやEDGE OF SPIRITなども登場したお土地柄。DYINGRACEを生んだ神戸、WITS ENDのお膝元である名古屋と並ぶ一大勢力でした。さらに次世代のSANDはつまり、その頼もしきホープとして映っていたわけです。
その印象が変わり始めたのは、“FREESTYLE OUTRO”以降だったように思います。T.J.MAXX、NUMBといったハードコアからAK-69、M.O.S.A.D.のようなヒップホップまでをフラットに扱うイベントを開始したというトピックには、新鮮な衝撃を覚えました。名古屋名物“MURDER THEY FALL”という先達もあったわけですが、あのゴツゴツしたSANDが、大阪で新しい遊び場を自ら作りを始めたという事実が心に残ったのです。それに当時、ヒップホップ + メタリック・ハードコアのクロスオーヴァーはCRO-MAGS、BIOHAZARDといった古典やE-TOWN CONCRETE、FURY OF FIVEなどを例に出すまでもなく目新しいものではありませんでしたが、世界的に見てもフォロワーの多くがダサくて辟易していた時代。そんな中にあってここ日本は、CALUSARIやMENACE OF ASSASSINZ、WIZ OWN BLISS、PUBLIC DOMAINなど奇跡的なバンドの宝庫だったわけで、SANDも音楽的にそうなるのかもしれないという期待もありました。しかし初の単独作は予想の斜め向こうで全然そうなっていなかった(笑)。強烈さを増したMakoto氏のヴォーカルと目まぐるしい曲展開が、やたら得体の知れない存在感を放っているのみ。こちらの勝手な期待に応えてくれなかったというのが良かったし、あの感覚を今もSANDは保っていると思う。
PIZZA OF DEATHとの契約はまたしても予想の斜め向こうだったけれど、出てきた音源はクレイジーそのもの。出てきたものをそのまま音にするという行為が生むカオスは、ヒストリカルな講釈が意味を成さない自由を形成していました。ある意味各パーツに真新しさはなく、クラシックとすら言えるけれど、露出具合が完全に変態という狂気。その狂気は『DEATH TO SHEEPLE』でますますラフに進化を遂げています。これはブルーズにも通ずるシンプリシティの体現だし、古き良きジャパニーズ・ハードコアにも近い感覚。ウンチクやテクニック云々ではなく(実際はどちらも高次で備えているけれど)、暴力的な音の組み合わせを用いた感情のバーストに打たれて“生”を実感できる体験。かつてPAINTBOXが「叫べ羊共よ、飼い殺される前に」と歌ったように、羊だって生きているし、守るべきものもある。叫ばなければならない瞬間も。でもSANDはもっとノー・マーシー。口を開く意志が無いと知れるや即ラムチョップ。羊であることを捨てなければならない時代だということを、改めて気付かせてくれる生々しい怒り。同時に、自由を得る喜びもそこかしこに込められているのがこのアルバム。ラストの「Intro」が象徴するように、彼らはこれからも自分たちの欲する世界を、自分たちの手で作り続けるのでしょう。
Review By 久保田千史 (CDJournal)