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フリーライター石井恵梨子の
酒と泪と育児とロック

Vol.23

「でも石井さん、メロディックの若いバンドとか最近聴いてます?」
一一もう全然。面白くないから聴いてないです。

コラムVol.17にある、リドル・Takahiroさんとのやりとりです。2015年11月の発言ですね。そこから2年ちょっとで全然違うこと言ってもいいですか? 今むーっちゃ聴いてる! Dizzy Sunfistの『Dreams Never End』。大好き。最高。今から断言しちゃうけど、これ、歴史的名盤だ!

思えば、初めてメロディック・パンクと呼ばれるものに触れたのが高2のとき。1994年、オフスプリングの『スマッシュ』でした。そこからバッド・レリジョンやNOFXを掘り、エピタフやFATなどのレーベルを辿ることで、ラグワゴン、ランシド、ハイ・スタンダードなどを知っていく日々。入り口は違えども、パンクキッズなら誰もが同じような道を通ってきたと思います。

ちなみに、1994年にはグリーン・デイの『ドゥーキー』も登場。この作品と前述の『スマッシュ』は、ともに1,400万枚以上という脅威のセールスを記録しています。つまり、90年代初頭からアンダーグラウンドで盛り上がっていたメロディック・パンクが、いよいよ市民権を得て世界中に広まり、極東のド田舎の高校生にも届くくらい普及したのが94年。私が体感していたのは、いわば「ブレイク元年」のうねりだったのです。

原体験が羨ましい。若い知人によく言われる言葉です。確かにこれは大きな財産なのですが、そうなると、ちょっと面倒くさいことも起こるんですね。変化を感じるタイミングが過去にいくつもありました。おバカ路線を強調しだしたブリンク182が微妙にチャラく見えた瞬間。SUM 41の幼稚なメタル・アピールに若干ムカついた時期。フォール・アウト・ボーイの音が全然ピンと来なくて途方に暮れたあの頃……。あはは。気づけば私は「初期が一番ピュアですごかったんだ!」というナゾの概念に搦め捕られていたのですね。

自分で書いてて痛感しますが、まさにこれが時代に付いていけない中年の拒否反応。インターネットが始まったのはわかる、でも未だにスマホは持たないしLINEもわからない、当然サブスクは全否定みたいな。そういう老害が「ネットが出てきた頃はさぁ〜」と昔話をしていても鬱陶しいだけ。もう若手メロディックとは距離を置こうと思ったわけです。

そしてまた、いつからか、メロディックのシーンから大きな波が生まれることもなくなっていました。例外はWANIMAと、復活したハイ・スタンダードくらい。結局ピザオブデスかぁ。ニヤニヤしながら「やっぱり初期を築いたところが一番すごい」と納得。これまた中年に理解しやすい、安心安全のストーリーです。

そこにキたのがDizzy Sunfist。凄いインパクトでした。曲調の幅広さやメロディの良さなど魅力は多々あるんだけど、このバンドの一番の新しさは、女ボーカルであるところ。「え、それだけ?」と言われそうだけど、本当にここが一番革新的。自分でも愕然としました。なんで今までメロディックに女ボーカルはありえないと思っていたんだろう、と。

はっきりいえば、メロディック・パンクは25年前からずーっと男の音楽でした。「男の」ではなく「男の子の」と言ったほうが正確かな。ガムシャラに疾走する勢い、馬鹿っぽさと紙一重のストレートさ、メロディの切なさすら無敵のエネルギーに変えてしまうポジティヴィティというのは、どれも非常に「男の子らしい」特性。ウチの二児と外出すると実感しますね。母親としっかり手を繋ぎたがるのが女の子。何も考えずダーッと駆け出すのが男の子。なんつーか、一歩外に出たら全力で走ってしまう、走るうちになぜか楽しくなってしまう、そんなパワーが男の子には蓄積されているんでしょう。その成分が、メロディック・パンクとやたら相性がいい。これは疑いようのない事実なんです。

メロディックが好きな女性のバンドマンは昔からいました。それを男性側が排除し、ライブハウスから締め出していた……とは思いません。だから原因は「男には敵わない」と思い込んでいた女性の意識にあるのかもしれない。少なくとも私はそうでした。怒涛のスピードや激しいシャウト、次々とステージに上がってくるダイバーと対峙する覚悟、あとはジャンプの高さひとつを取っても、男のほうが断然パワーがある。結局フィジカルでは男に敵わないと決めつけていた。たぶん、ほとんどの女バンドは、同じことを感じながら微妙に方向性を変えていったように思うのです。

肉体ひとつで同じ土俵に立つのは無理。ならば歌心で勝負する。妥当な考え方ですね。女のメロディックは、だから自ずとポップ&キュート路線に落ち着いていくことが多い。アヴリル・ラヴィーン風のポップス、マフスやウォーター・クローゼットのようなポップパンク、アンリミッツみたいな懐メロ歌謡路線。そのどれもが、ボーカルが「女ゆえに」こうなった、こうしたほうが「女ゆえの」個性が出た音楽でしょう。もちろん、個性が出るのは素敵なことです。

ただ、微妙にポップ路線に変更した女バンドには「ダイブとかモッシュは怖〜い」「けどこのバンドはボーカルかわいくて好き」みたいな、ゆるめの女ファンが増えるようになります。バンドは無意識のうちにファンの期待に応えてしまうので、気づけばその音楽性はメロディック・パンクとは程遠いものになっていく。そんな例をどれだけ見てきたことでしょう。まぁ体の作りが違うんだから仕方がないと言えたのは、私自身が「やっぱりメロディックは男の世界だから…」と思い込んでいたから。今となってははっきりとわかります。

Dizzy Sunfistが、その壁を真正面から突破してくれました。ガムシャラな勢い、馬鹿っぽさと紙一重のストレートさ、切なさすら無敵のエネルギーに変えてしまうポジティヴィティ。そういうメロディック・パンクのド真ん中、言い換えれば「何も考えず駆け出していく男の子らしさ」だけを引っ掴んで、彼女たちはシーンの表舞台に突き抜けた。どれほどの勇気、どれほどの精神力が要ったのだろうと思います。「夢は死なへん!」と歌う強さに、ちょっと泣きたくなるほど感動する。20年以上前に出会ったメロディック・パンクに、いま改めて出会い、惚れ直したような感覚です。まったく、なんてフレッシュなんだろう!

先日、Dizzy Sunfistのライブを初めて見ました。素晴らしかった。カッコよかった。「女の自分」にしか出せない高音域をフルに使いつつ、だけど「いわゆる一般的な女らしさ」をまったく排除して、彼女たちはフロアを熱狂させていた。改めて思いました。こんなメロディック・パンクを待っていた、と。

最初から最後まで、違うレーベルのバンドの宣伝みたいなコラムです(笑)。だけどパンクシーン全体に元気はあったほうがいいし、若い才能がまっすぐ伸びる状況なら絶対に必要。というわけで、Dizzy Sunfist、全力で大推薦です!

2018.02.05

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