logo

photo01

――制作前から、今までにないほどの自己検証と自問自答があった今回のアルバム。まず最初に生まれた曲は何でしたか。

「2曲目に入ってる「You And I,Against The World」」

――いい曲ですね、これ。

「いい曲よ? いい曲できて良かったなぁ……ってなんだこの言い方(笑)。でもそう、このサビがポーンと言葉と一緒に出てきて。あ、これじゃん!って初めて思えたの。今回は初めてテーマを先に作ってから曲を作るっていうやり方をしてて。だからバンドに曲を持ち込む時も『サビがこうで、コード進行がこうで、メロディはラララ~って歌うけど、このサビにはこういう言葉が乗るから』って先に言ってた」

――そこまで明確に決めたかった。

「うん。『こっから先は決まってないけど、でもサビはこうで、こういうこと歌いたんだよね』って宣言して。そこからバンドで練っていくやり方。「You And I, Against The World」も最初からそういう感じだった」

――なんで最初が「Against The World」だったんでしょうね。たとえば、ダサいけど「Save Japan」とかでも良かったわけで。

「あぁ。そん時ね、自分の頭にあったのが原発事故以降の是非を問ういろんな討論のことで。あんな事故があったらもう当たり前のように原発はダメだって思うでしょ、って俺は思ったんだけど、意外とそうじゃない人がいっぱいいて。ネットもリアル社会でもそうだけど、面倒くさいことがいっぱいあるでしょ。発言するだけで無責任だって言われたり。じゃあ代わりのエネルギーはどうすんのか、その町の産業はどうすんのか、原子力発電にどんなコストがかかって外国に年間これだけ払ってて、ストップすると何億の違約金がかかりますけどどうする気ですか……とか。正直、なんだこの人ら?って思ったけど、こんなにも話が通じない人たちがいるってこと、これまでの人生で痛感させられたことは意外となくて」

――パンクの村はけっこう狭いですから(笑)。

「そうそう。俺たちにとっての当たり前って世の中で全然違う。ほんと、心底そう思わされた。でももちろん、だからって怯みたくないでしょ。世の中がそうなら俺たち間違ってんのかなんて1ミリも思わない。逆に仲間を増やしていこうって、そういう発想から生まれた歌だから「Against The World」になった。でね、闘うことの象徴として自分の中ではジョン・レノンがあって。意外とみんな知らないんだけど、あの人、ものすごく闘ってた人でしょ。自分なりに、ジョン・レノンが感じたであろう世界観なんかもこのタイトルには込めたつもり」

――ジョン・レノン=ラブ&ピースの人、みたいな認識を持ってる人は多いですけど、健さんはどう認識してるんですか。

「あの人はね……とんでもなく風紀を乱す人(笑)。ラブ&ピースっていうのはわかりやすいテーマに過ぎなくて。実際ね、それこそ国家反逆罪じゃないけど、永住権を剥奪されそうになってたり、FBIにすごくマークされてたり、けっこうアメリカ国家にとって危ない人だったんだよね。でも発信を止めなかった。そんぐらいの気合も込めたいな、ってことなのかな。この曲の発想そのものは原発の討論にあるんだけど、いろんな討論や議論って実は全部似通ってるんじゃないかなと思うし」

――というのは?

「誰かがこう言ったから俺もそう思わなきゃいけないのかな、なんてことは絶対ないでしょう。日本は周りの顔色を窺うことがすごく多いから、個人的な考えや思想を出しづらいよね。でも、出しづらいっていうのが本来おかしくて、そこは変えていきたいと思う。俺は発言することや、それを人から否定されることへの恐怖は何もない。一時期はあったけど、もはやないから」

――なるほど。そういう覚悟の一歩から始まって、次に生まれた曲は何でしょう。

「次がね、5曲目の「This Is Your Land」」

――これは、昨年いしがきのフェスで見た風景から生まれたそうですね。

「そう。震災から半年後。岩手のフリーフェスに出演したら、俺らの演奏中に遠くから大きい日本国旗を振ってる人がいて。それにワケもなく感動しちゃって。そこから日本っていう国についても考えたし。俺は日本大好きだけど、なんで好きかって、単純に自分が生まれ育った国だから。あと神社に行くと落ち着くとか、コメ食べるの好きとか、そういうところで根っから日本人だと思うし、郷土愛もある。その気持ちのシンボルとして日本国旗があると僕は思うの。別に天皇制は否定しないけど、「君が代」問題とか国旗掲揚問題とかはどうでもいい。日教組にそんなこと指図されたくないよ。でも『自分の国の旗がいろいろ難しすぎて振れない』なんて国がどこにありますか?って思う。そうやって日本についてすごく考えたのかな。そしたら郷土愛が一気に出てきちゃって。まぁこの曲で日の丸とは歌ってないけど、『今は旗でしょう、旗は立てて振るんだよ!』みたいなね。『そうすると勇気沸くんだよ!』って言いたい気持ちがすごくあって……クッソ熱く語ってるね、今(笑)」

――いやいや。でもこういうコーラスはKEN BANDで初めてだから。作り方とか、込めた気持ちが今までと全然違うんだなっていうのはよくわかる。

「そう。言いたいことはやっぱり「This Is Your Land」だっていう気持ちが最初にあったし。別に盛岡の人もね、KEN BANDが演奏してるから旗を振ったわけじゃなくて。その人にちゃんと自覚があったんだと思う。俺たちはダメージを受けて、でもこうしてフリーフェスがあって、思いを持って来てくれるミュージシャンがいる。ここで何を振るかって日の丸でしょう!みたいな。そういうシンボルがその人にとって重要だったと思うの。それ見たら俺らもね、『ここは俺たちの土地っしょ! 何々県じゃなくて、俺たちみんなの生まれた国っしょ!』って言いたくなるし」

――この2曲から始まったってことは、今回の制作は、さぁ元気出そうっていうレベルじゃない、すごくディープな思索から始まったわけですよね。社会や日本国家。そこまで考える必要があったんですかね。

「たぶん……あったと思う。今話しながら思ったけど、ライヴを止めないまま曲書いてたら、もうちょっとライトな励ましの歌が揃ってたかもしれない。でもそれじゃ嫌だったんだろうなぁ。ほんと、今回は曲とテーマを持っていくたびにメンバーにギョッとされた(笑)」

photo01

――アイディアじゃなく、テーマがいきなりあるわけだから。

「そうそう。それを言うのも恥ずかしくて(笑)。この自分の変わりっぷりが(笑)。『ここでジュンさんとミナミちゃんが”This is 、This Is Your Land”って言うんだよ!』っていう説明をする、その感じがすごく恥ずかしくて」

――ははは。でもそこで否定する人がいたら完成しない。被災地で同じ景色を見て同じ感情を共有できたのが大きいんだろうなと。

「デカいね。やっぱり震災後のいろんな風景を一緒に見て。いろんな生の声を聞いて。あとはFuckin'One ツアーも大きかったかな。石巻、宮古、大船渡にライヴハウスを作るって言って、いろんな人達が尽力してくれて、別々の土地でフリーライヴやフリーフェスをやって。そうすると自然と、その町、その土地っていうものを意識せざるを得ない。この場所をどうするのか、この土地で今後どうしていきたいのか。もちろん俺たちも単なる賑やかしのつもりはないけど、東京から来た者がいくら元気持ってこようとお金持ってこようと、結局は地元の人にやる気になってもらわなきゃ何も始まらなくて。幸いなことに東北の3箇所は、俺たちがフリーライヴしていくことで可能性というか、ここにはちゃんとマグマがあるぞって感じさせてくれたから」

――そうやって日本全体を思っていた健さんは、アルバムの途中から自分自身を掘り下げていくようになりますよね。

「それさぁ、無自覚なのよ。前にインタビューで指摘された時にへぇって思ったぐらいで。どっから変わったんだろうなぁ? 曲作った順番もここからは覚えてないんだけど」

photo01

――さっき、テーマを説明する時の自分の変わりっぷりが恥ずかしかったって言いましたけど、そこに正面から向き合う必要も出てきたと思うんですよ。一番興味深いのが「Ricky Punks III」ですけど。

「これね、まぁ「Ricky Punks」っていうKEN BANDのシリーズ的な曲があって。パンクっていう小さなコミュニティを皮肉っぽく自虐的に歌うもので、そこにいる象徴がリッキーって人間なのね。第一回でも第二回でもそいつにすごくダサいことをやらせて、それを自分が歌うっていう形だったんだけど。今回はなんか彼に別のことをさせたくなって。こういうのが曲作りの面白いところだけど、最初、まずリッキーに何かさせたいな、って発想するところから始まったの。で、リッキーに俺が見た風景を全部やらせようと思った」

――へぇ。

「決して自分だけじゃないけど。今までパンクだ何だってこだわり持って壁作って、一生懸命イキがっていた奴に、それをぶち壊させようと。結局は自分が感じたパンク観なんだろうな。ずっとこだわり持ってたし、バンドや人ごとに思想があって、パンクってけっこう人と共有できないものだったりするでしょう? それこそ俺は『力を合わせて!』とかいうパンクがすごく嫌いだったんだけど。でも、今それしないで何がパンクよ?っていう思いが震災後すごく自分の中に出てきたから、それをリッキーにそのまんまやらせて」

――やらせる、だけじゃなく、自己批判も必要だったと思うんです。

「そうそう。結局は過去の自分を笑いものにしなきゃいけない。……だっさい曲よね(笑)」

――や、よくここまで書いたなと驚きましたね。

「うん。ほんとにこのリッキー、やってることは多少違えど、描写はまさしく自分自身で。いろいろ心に壁を作って拒絶するのが自分のパンク観だったのは事実で、だから、今までいくらたくさんの人前でライヴしてもどっか拒絶感があった。自分から進んで武道館でライヴやりたいっつって、いざ武道館でライヴやってるのに、なにかしら拒絶性があるの。常に」

――なんでしょうね、それは。

「んー……自分で自分のことを冷静に批判してる自分もいて。何万人とかの前でやる自分の矛盾も感じるし、それはいつもある。で、それがある限りは自分はまだパンクスでいられるっていう自覚もあった」

――なるほど。馴れ合いを常に拒否したいというか。

「うん。でも、そんな精神性を持った人間が、震災によってどれだけ壁を壊して、仲間の中に飛び込んでいったか。”We”っていう主語の中に飛び込んでいくか。うん……その曲はほんと、自分が目にした風景そのまんまで。風景じゃないな、自分の心象風景か。パンクのこだわりが崩れていくさま、みたいな感じ。震災という大きいものを前に、自分のこだわりがいかにちっぼけだったか。そういうのを自分なりに書いた曲」

――結果的に”UNITE”って言葉に辿り着けた自分を、冷静にどう思いますか。

「今は誇らしく思う……誇らしく、なんて言うと恥ずかしいけど(笑)。でも今は間違ってないなぁと思う。自分で。今はね、俺だけじゃなくて周りのバンドも、いろんな壁を崩してひとつの力になって、俺たちにできることがあるはずだってまとまれてる」

――AIR JAMは最たる例でしょうね。

「そう。でもその中にもパンクスの思想の違い、個々のこだわりは絶対あるから、いずれまたバラバラになる時期が来ると思う。ただ、それまでに行けるところまで行きたい。少なくとも俺だけじゃなく、こう思ったパンクスはいっぱいいたはずで。そんな想いを全部込めたのがこの「Ricky Punks III」だった」

インタビュー@石井恵梨子
photo by Teppei Kishida

Vol.3へ続く

« Vol.01

« Vol.03