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フリーライター石井恵梨子の
酒と泪と育児とロック

Vol.4

Ken Yokoyama『Best Wishes』が発売されましたね。ライナーノーツ、オフィシャルインタビューを担当し、スペースシャワーの特番にまで参加して……もちろんありがたいんですけど、反動というか何というか、最近あまりにも横山健とべったりで気持ち悪いじゃねぇかという感覚になってきた私。今回は思いきってアンチ・インディーズの話をしたくなりました。まぁ、それをピザのコラムに書くってのも矛盾してますが。

アンチ・インディーズ。つまりはメジャー志向の人たち。チャートの世界の、売れ線の、華やかでチャラチャラした人たち。……と書いている時点ですでに悪意たっぷりなんだけど、パンクやロックが好きでメジャーなんてクソだと思ってる人、けっこう多いのでしょう。

ご多分に漏れず私もそのひとり。クソと思うだけじゃなく実際にコキ下ろすのが趣味といってもいいくらいです。毎週「SPA!」にJ-ポップのコラムを連載していた時期は、ほんとクソミソに書いて、たまに怒りの声をもらったりしたんですが、嫌われたって痛くも痒くもない。ここで書く場所がなくなったとしても、私にはインディーのパンクシーンがある。あっちが居場所であり本業だい、くらいの意識でいたんですね。

正直、そんな自分が格好いい、みたいな自尊心もあったと思います。インタビューの仕事が来ても、興味が沸くアーティスト以外はお断り。「こういうの趣味じゃない」「全然好きじゃないです」ときっぱり言える自分がベリークール。そういうスタンスでずっと仕事をしてきた20代でした。

この性格だから、あの女ワガママで面倒だという方は当然いるでしょう。逆に面白いと可愛がってくれる編集者や先輩ライターも多少はいるわけです。そういう先輩のひとりが、数年前、ラジオの仕事を紹介してくれました。2007年から2011年までTOKYO FMで日曜午後にやっていた「MUSIC FLAG」という番組。毎週違うアーティストを特集し、普段ラジオでは聴けないようなディープな本音をドキュメンタリータッチでお届けする、というコンセプト。

私がやるのは、まずインタビューで話を引き出し、その言葉とストーリーを一時間の台本にしていく仕事です。普段雑誌でやっていることと内容は一緒だけど、ライターではなく「放送作家」の肩書きになること、あとは「断れない」という一点が大きく違いました。

ラジオ番組というのは、ディレクターやプロデューサー、スポンサーや代理店までが絡む巨大なチームで動きます。放送作家は現場の黒子みたいなものかな。各レコード会社の人間がイチ押しの音楽を次々プロモーションしてくるなかで、次週はこのアーティストを取り上げようとトップが決定を下し、スタッフがスケジュールを調整する。すべてのお膳立てが揃った時に、私が「えー、これ趣味じゃないから嫌だ」と言うのは許されない。チームになるってそういうことですよね。社会人なら当然であるはずの、しかし私が今までスルーしていた経験を、この番組ではさせてもらえました。

全国放送のラジオだから登場するのは本当に大物ばかり。竹内まりや、米米CLUB、森山直太朗、椎名林檎、MISIA、一青窈、ケツメイシ……。ざっと思い出すだけでも紅白みたいですね。この番組でインタビューした中で、みなさんに馴染みがあるのはビート・クルセイダースくらいじゃないかな。しかもディレクスターは「ビークルくらい極端な音もたまには面白いですね」と笑う。パンク界隈において超ポップな存在だったビークルも、ラジオの世界ではまだまだエクストリーム。そんな場所で私、何すりゃいいんでしょうね。仕事するんですよ。真剣にやり続けましたとも。

前にも書いたけど、インタビューってこちらが本気でやらないと響かない。投げ遣りな態度は見透かされるし、まず私に心を開いてもらわない限り、興味深い話など絶対に出てこないんですね。だから真剣にやる。本気で質問を重ねるんです。そうして気づかされました。今まで鼻くそほじりながら馬鹿にしていたメジャーの話、その音楽の裏にある精神やメッセージ性は本当に凄みがあるのだと。大事なのは売り上げや支持層ではなく、自分の音楽、自分の言葉を持っているかどうか、なんです。

ことに印象深かったのは童子-T。ぷっ、と吹き出す人もいるかもしれないですね。私も実際会うまではそう思ってた。ギャル系ディーバの横にやたらフィーチャリングされてる人、ブルーハーブなんかとは絶対一緒にしたくない商業ラップ野郎、みたいな。でも、よくよくキャリアを調べると童子-Tって元ZINGIなんですよ。90年代に地下で盛り上がっていたヒップホップのなかでも猛烈にハードコアだった武闘派集団。パンクに限らずハードコアが好きな私は10代の時によく聴いていたし、彼がそんな出自だと知った以上、ものすごく興味が湧いてきたんです。何があって彼はアンダーグラウンドのハードコアから、メロウなラップを得意とする現在のスタンスへと移行したのか。

ラッパーだけあり、そしてアングラ連中からディスられていることを自覚するだけあって、彼の言葉はたいへんに雄弁でした。ハードコアなスタイルを続けていると自分の中に違和感が出てくる。もともと人を押しのけて前に出ていく性格ではないし、ソロになり、特に家庭を持ってからは、ラブソングこそが自分に合っているとはっきり気づくようになった。そこに嘘はつけないし、自分の道がはっきりした以上、その武器ひとつでポップ・フィールドで闘っていくイメージがあるのだと。そして彼は「文句言ってるだけはナシにしろ」と言うのでした。
「メジャーの世界って、やっぱ汚れてるんですよ。ピュアにヒップホップ好きな人たちが集まる場所は、そりゃ空気も綺麗だし湧き水も美しい。そこで水遊びしてるのはラクだけど、汚れた大海に泳ぎだしていく無謀な奴、馬鹿みたいにハミ出していく面白い連中がいないと、シーンはどんどん内向きになってしまう。若い連中なんかオレより体力あるんだし、汚れた大海に飛び込んで、笑顔でバタフライするくらいの逞しさを見せて欲しい」

とても印象的な言葉です。「こだわり」という体のいい言葉で他の可能性をシャットアウトし、清らかなパンクスたちと楽しく水遊び。汚い海なんて嫌だねぇとヘラヘラしている自分を恥じるような言葉でした。メジャーでやる覚悟、売れ線で勝負する根性。それはヒップホップに限らず、今のロックシーンに足りないものじゃないかな、とも思うんです。

ハイスタはメディアに頼らず、ストリートの口コミだけで巨大になった。それが格好いいのは当然ですよ。でも、それ以降のバンドに「テレビに出たらアウト」「タイアップつけたら負け」みたいな風潮が定着してしまったのはどうなんでしょう。たとえば、ものすごく有名なアニメの主題歌やって、堂々とMステ出て、どかーんと生のエレキを鳴らし、今までそんな音を知らなかった中高生の心を鷲掴みにするバンドと、いつも同じライヴハウスで同じ客と戯れて「お前らやっぱり最高だぁ」とか言ってるバンドがいるなら、前者のほうが断然カッコいいと今の私は思います。どうせ爆弾を仕掛けるなら中枢でしょう。清志郎もブルーハーツも最初はテレビで話題になったんです。本当に自分の音と言葉を持っている自信があるなら、より広い場所に出ていってロックを鳴らして欲しい。そういう爆発を私は望んでいます。音楽産業自体に元気がない今だからこそ。

おまけ。こんだけ書いといてナンですけど、ラジオの仕事を3年くらい続けて、メジャーのほうが素晴らしいぜ、とは思わなかったです。やっぱクソはクソだったし、なにひとつ自分の言葉がなかった奴もいる。一個くらいバラしちゃおうかな。事前に「質問を見せてください」とゴネて、現場にはびっしり模範解答を書いたアンチョコを用意、それをほとんど棒読みして、スタッフから「水、水飲みなさい!」などと喉を潤すタイミングまで指示されていたディーバさん。それが倉木麻衣でした。わはは。おまえは一生操られてろ!  と
思ったね。

2012.11.30

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