Ken Yokoyama New SingleThe Ballad

2026.03.25(Wed) Release!!Code: PZCA-120 / Price: 1,200(+tax)

期間限定予約特典: 予約購入限定ツアー先行申込シリアルナンバー

Ken Yokoyama New Single [The Ballad] ジャケット画像

Ken Yokoyama New SingleThe Ballad

2026.03.25(Wed) Release!!Code: PZCA-120 / Price: 1,200(+tax)

期間限定予約特典: 予約購入限定ツアー先行申込シリアルナンバー

TRACK- 収録曲 -

  1. 1.The Ballad
  2. 2.Strangers (Cover)
  3. 3.RAIDEN GO
  4. 4.Goodbye, So Long

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  • ※特典付与ECサイトに関しては、購入希望店舗まで直接お問い合わせください

BONUS 2- 期間限定予約購入特典 -

シリアルナンバーの配布は終了いたしました。

3月25日発売 ニューシングル「The Ballad」を予約購入していただいた方に、Ken Yokoyama "The Ballad Of Punkamania Tour" 各公演を対象としたチケット先行申込(抽選)にご利用いただけるシリアルナンバーを配布いたします。

対象商品1枚のご予約購入につき、シリアルナンバー1点をメールまたはオンラインストアのマイページにて配布いたします。

配布方法、時期は各オンラインストアによって異なりますので、詳細は各オンラインストアにてご確認ください。

  • ※本施策対象商品は予約キャンセル不可/全額前金での受付となります。
  • ※各オンラインストアの購入特典も付与対象です。
    (一部ショップを除く)

予約対象期間・対象オンラインストア

  • ※各オンラインストアによって予約対象期間が異なります。
    ご注意ください。
  • ※シリアルナンバーの配布方法等に関するお問い合わせは、各オンラインストアにてご確認ください。
【 予約対象期間 1 】

2026.2.3(火) 19:00 ~ 2026.2.16(月) 18:00

【 対象オンラインストア 】
  • ・タワーレコードオンライン
  • ・HMVオンライン
  • ・Amazon.co.jp
  • ・楽天ブックス
  • ・Joshin webショップ
【 予約対象期間 2 】

2026.2.3(火) 19:00 ~ 2026.2.11(水) 18:00

【 対象オンラインストア 】
  • ・セブンネットショッピング
  • ・Neowing
  • ・UNIVERSAL MUSIC STORE

Ken YokoyamaThe Ballad Of
Punkamania Tour

渋谷Spotify O-EAST

GUEST:Dizzy Sunfist

Open 18:00/Start 19:00

金沢EIGHT HALL

GUEST:HONEST

Open 18:00/Start 19:00

滋賀U STONE

GUEST:HONEST

Open 18:00/Start 19:00

名古屋Diamond Hall

GUEST:FIVE STATE DRIVE

Open 18:00/Start 19:00

大阪GORILLA HALL

GUEST:Maki

Open 18:00/Start 19:00

秋田Club SWINDLE

GUEST:HONEST

Open 18:00/Start 19:00

仙台Rensa

GUEST:HONEST

Open 18:00/Start 19:00

川崎CLUB CITTA'

GUEST:HONEST

Open 18:00/Start 19:00

TICKETチケット

PRICE

全公演共通:4,800

※小学生以下保護者1名につき1名まで入場可
※小学生以下チケット不要 ※指定のスペースで観覧

BUY

  • 一般発売

    発売日04.04(土) 10:00 〜

  • SATANIC ENT. 会員先行

    受付期間02.03(火) 19:00 〜 02.08(日) 23:59

  • The Ballad 予約購入者限定 チケット先行

    受付期間02.09(月) 19:00 〜 02.18(水) 23:59

    • ※Ken Yokoyama「The Ballad」を、対象オンラインストアにて予約購入いただいた方を限定としたチケット先行申込となります。
    • ※シリアルナンバー1点につき、各公演1回ずつお申込み可能です。
    • ※1公演につき最大2枚までお申込み可能。
    • ※全てのご応募の中から一斉抽選となり、応募順と当落結果に関係はございません。
    • ※公演詳細、各公演に関するお問い合わせ先はKen Yokoyamaオフィシャルサイトをご確認ください。
  • オフィシャル先行

    受付期間03.06(金) 19:00 〜 03.15(日) 23:59

Ken Yokoyama New SingleThe Ballad
Official Interview

Vol.01 ―
Ken Yokoyama初の日本語詞と、その高いハードル “The Ballad”という新境地に至る葛藤を語る

―― とにもかくにも“The Ballad”に度肝を抜かれました。

あ、ほんとに?

―― 初めてのアニメのタイアップ、しかも『ゴールデンカムイ』という怪物作品に書き下ろされた楽曲であるということ。そして何より、楽曲のほぼ全編が日本語詞になっていること。総じて健さんのキャリアの中でも最大級の挑戦ずくめの楽曲だと思うんですが、まず、この“The Ballad”の制作がどんなところからスタートしたのかを伺っていいですか。

これは近年の自分の課題でありテーマだったんだけれども、今までにない新しい刺激を得たいという気持ちが凄くあって。その中で、『タイアップしてみたいな』っていう話をPIZZA OF DEATHの宣伝担当者に話していて。要は、自分本位の作品作りだけじゃなく誰かと絡んでみたいっていうことなんだけどね。そしたら今回たまたま『ゴールデンカムイ』からお話をもらって。で、楽曲に関してはほぼ何の条件もなかったんだけど、ひとつだけ提示されたのが『歌詞の5割以上は日本語にして欲しい』っていうことで

―― 明確に割合まで指定されるものなんですね。

文字数をわざわざ数えるというより、感覚的な話だとは思うんだけどね。それでいざ曲を作って歌詞を書いていくうちに、これは5割とかじゃなくてほぼ全部日本語で行ったほうがいいと思い始めて。当初はサビだけが突然英語になるような構成も考えていたんだけれども、最終的には99%日本語詞に落ち着きましたね

―― ひとつ、そもそもの部分について伺いたくて。ここ数年のテーマが「新しい刺激を得ること」だったのはどうしてなんですか。たとえば『Better Left Unsaid』、『My One Wish』、『These Magic Words』のシングル3連打も新しいトライだったと思いますし、それによって今まで以上に人前に出ていく意図がそこにあったわけですよね。そして今回の楽曲に関しても、日本語詞という領域に踏み込んでまで茶の間という場所を求めた。今の健さんが新しい場所を求め続けている理由は、どういうものなんですか。

たとえばシングルを3連続でリリースしたり、それに絡めて日比谷野音でライヴをやったり、いろんなトライをしてきたものの、それは全部自分の発案じゃない? だけどそれだけじゃなくて、人から課せられたお題をクリアしてみたい欲が生まれていったというか。もちろん、何でもかんでも自分で発想して物事を進めていくのが音楽家として力強い形なんだろうけれども……これだけ長くやってると、もうちょっとないのかな、とか思うのよ。特に俺は、約40年、自分発案のことだけをやってきた人間だから。一度も人から出されたお題に応えたことがなかった。だからこそ、それをやってみたい気持ちが長らくあってね。ただ、やっぱり自分のパブリックイメージもあるし、なかなか『タイアップをやりたい』とか『人と絡んでやってみたい』とか言えなくて。それを言ったとて、あまり温度をうまく共有できなかったし。実は、そういう日々が10年単位で続いてたんだよね。で、そんな日々を過ごしているうちにコロナ堝があって、じっくり制作できる時間があったから創作力が高まって。そこで蓄えたものを作品として連発したのがここ数年だったんだけれども、『Golden Age Of Punk Rock』まででその体力を使い切ってしまった感覚があったんだよね。そうなった時に、この次に何が待っているかを面白くするために人と絡むことを頼ったというか。マインドの変遷としては、そういう感じだったと思う

―― 実際、これまでも作品ごとに新しいテーマを設定して突き進んでいくのが健さんの活動だったと思うんです。だけど自分主体で動くだけでは思ったほどの手応えを得られないとか、そういうこともあったんですか。

毎度、そんなことだらけだよ。自分で発案して自分で骨組みを作って、ツアーを回って。基本的には、結果よりも熱量のほうが上回ってしまうことばっかりなんだよね。もちろんその熱量で物事を進めるだけでも十分幸せだけれども、たまには違うこともやってみたいなと思うんだよ。ただ、『たまには違うことをやってみたい』の1回が大きな黒歴史になってしまう可能性も大いにあって。今回で言えば、キャリアの最初から英語詞で歌い続けてきたスタイルを変えざるを得ないトライだったわけだし、パブリックイメージ的にも何かが崩れてしまうかもしれない。そうなると周りも慎重になってしまうんだけど、それでもやるんだっていう気持ちがあったから。状況を動かすための時間と熱がずいぶん必要だった

―― 活動として新しいところに飛び込んでいくのと同時に、アニメタイアップというお題に取り組むことで音楽的な幅が拡がるんじゃないか?という展望もあったんですか。

それはなかった。音楽的にはこれ以上どうっていう話でもなく、もう自分の音楽的言語の幅が見えているから。なので、出て行き方とか、作品の出て行き方とか、見え方とか。そういう問題だけだった

―― どうして音楽的な幅に関して伺ったかと言うと、“My One Wish”と“These Magic Words”を聴いた時に、健さん節たるメロディを新しい質感にブラッシュアップしていく意気込みを感じていたからなんです。“These Magic Words”のMVでは健さんが指揮棒を振って、マスコット達に♪Ah Ah Ah♪と合唱させるシーンがありましたよね。これまで“Believer”や“Let The Beat Carry On”の冒頭をピットに委ねて歌に込めた意志をシェアすることはありましたけど、ああいう合唱でユナイトしようとすることは初めてだったと思いますし、そういう気持ちのもとに、より一層大きくて新しいメロディを掴みに行っていたのがここ数年の楽曲だった気がするんです。よって“The Ballad”でも、日本語詞というお題以上に、そのお題によって楽曲自体が新しいところに呼ばれることを期待したんじゃないかなと。そんな邪推をしたんですけど、こう言われてみてどう思いますか。

ああ。そう言ってもらったら、確かにねって思う。実際に“My One Wish”や“These Magic Words”では新しいメロディに飛び込んでいったし、それによって新しいシェアの仕方、新しい場の共有の仕方を見つけられたから。だから、今回の“The Ballad”で新しい挑戦をしてみたいと思ったのは、それと地続きのことなのかもしれないね。だからこそ『コロナの時に溜めたアイディアが尽きちゃった、他に何かない?』っていう気持ちにもなれたんだろうし。まあ『何かない?』っていうのは、ミュージシャンとしては弱い形だと思うのよ。だけれども、熱量と手応えの話で言えば、自分のアイディアに対する熱量が手応えに勝ってしまうっていうことを続けてきた中で、すでに時遅しかもしれないけど、人と絡むことで新しい何かを掴めるのは自分の音楽人生においていいことかもしれないと思ったんだよね。だからきっと、世の中への出て行き方と同時に、音楽人生として新しい刺激を求めている側面はあったんだと思う

―― そうしてアグレッシヴな姿勢で“The Ballad”に取り組み始めたのはよくわかったんですが、実際「5割は日本語歌詞で」というお題はすんなり受け入れられるものだったんですか?

いや、やっぱりそこが一番のネックだった。さっきは『書き進めるうちに99%日本語歌詞にしようと思った』と話したけど、それはもう『虎穴に入らずんば虎子を得ず』みたいな気持ちだったのよ。俺は虎の子供が欲しいわけで、虎の子供が欲しければ虎の穴に入らざるを得ない。最終的には、そういう簡単なことで。決着させるまでにずいぶん迷ったけど、新しいことをやりたいんだったらリスクを取らなきゃいけないのが道理だから。もしかしたら『こんなの健じゃない』とか、英語で歌っている曲だから好きだったとか、あくまで自分のアイディアで突き進む姿勢が好きだったとか、そういう人達を裏切ることになるかもしれないとも思ったよ。でも僕は新しい手応えを得たいんだから、その心に従うしかない。そうなりゃ、たとえ誰かを裏切ることになったとしてもやるしかねえっていう。そういう心持ちだったかな

―― 元々、Hi-STANDARDが英語で歌い始めた理由を「ストレートなことを照れなく歌うため」「当時のメジャーシーンが似たり寄ったりの音楽ばかりだったことに対するカウンターだった」と語られてきましたが、この“The Ballad”に綴られている日本語詞も、死生観に対してどストレートな言葉選びがなされていると思うんですね。同じストレートでも、日本語の歌詞と英語の歌詞では、歌の質感がどう変わってくる感覚がありましたか。

正直、どうやって書き上げたのかを覚えてないくらい、独特な作業だった気がする。当然、明らかに言葉と歌の関係性が全然違って。日本語で歌詞を書き始めた時から、どこから手つけていいんだか。どういった言葉をチョイスしたいんだか、何を歌うことがカッコいいんだか、全然わかんなかった。で、全然わかんないなって思いながら歌うのはさらに難しいことで、その中でなんとか言葉を掴んでいったというか……そうだ、その前に仮歌を日本語でつけてみた曲があってね。それが『Indian Burn』に入っている“Deep Red Morning Light”なんだけど、メロディの輪郭をメンバーにわかりやすく伝えたい曲だったから、日本語で仮歌をつけてみたの。で、それが異常にカッコ悪くて(笑)。もうね、ほんとにカッコ悪かったんだよ

―― そんなに(笑)。日本語の仮歌はそれが初めてだったんですか。

そう。半分ふざけてやったっていうのもあるけど、メンバーも爆笑してたし、なんなら俺が一番笑ったくらいでね。それでバンド内で『日本語はナシだね』っていう共通認識を持てた後だったから、そんな俺の日本語の歌を作品にするにはどうしたらいいんだ、みたいな気持ちもあった。とにかく、英語で歌詞を書くことと日本語で歌を書くことは、0を1にする作業からしてまったく違う作業だったんだよね。いつもは俺が日本語で書いたものを南ちゃんに英訳してもらって、それに対して『ここはこの単語を使いたい』とか『ここの文章はちょっと違う』とか、そういうキャッチボールをして完成させていくんだけど、今回はそれを全部自分の中で処理する必要があったわけで、最終的にどういった作業をしたのかを覚えてないくらい、けれども凄く独特な作業をしたような記憶がある

―― 記憶があやふやになるくらい、「言葉」ではなく自身の内側にあるものを掬い上げる作業だったのかなと思うんですけど。スカパラの時は谷中さんから健さんに宛てられた歌詞を歌っていたわけですし、それと今回は全然違いますよね。ご自身がご自身を表す言葉を日本語の歌にしていくためには、本当に深くまで潜る必要があったんじゃないのかなと思います。

そうなのかもしれない。今回もメロディとコードがあった上で歌詞を書いていく作業だったから、メロディの質感自体はいつもと変わらないと思うんだけどね。ただ、それこそ東京スカパラダイスオーケストラの曲(“道なき道、反骨の。”と“さよならホテル”)を日本語で歌った時に、英語の歌と日本語の歌とではどうしても声質が変わっちゃって、自分の声のいい部分が出ない難しさを感じたんだよね。日本語の歌は、どうしてもひとつのビートにひとつの音が乗りがちなのよ。無理やり1ビートにふたつの音を乗せちゃうこともあるけど、英語の『-er』とか『-th』みたいな発音がないことで自分の歌が変わってしまうんだよね。だから、日本語で歌詞を書くこと自体もそうだけど、日本語によって自分の歌が変わってしまうことが最大のネックだったとも言える

―― 当初カウンターで始まった英語詞も、ご自身の当然の言語になってたわけですからね。

そうそう。だから『健はどうして日本語で歌わないんだ』って訊かれるのは、『どうして空は青いの』っていう問いを同じくらいの話なんだよ。それくらい自分の歌と英語は、言葉の意味合いとしても音としてもセットになっていて。『普段から喋っている言葉なんだから日本語の歌も書けるでしょ。日本語の歌もやればいいじゃん』ってみんな思うかもしれないけど、俺にとっては想像以上に高いハードルだったんだよね

interview by 矢島大地
Vol.02へ続く...

Vol.02 ―
“The Ballad”に滲む生々しい死生観
終わりを見据えるからこそ輝く<クソ命>というテーマについて

―― 果たして完成した“The Ballad”は、どっしりした8ビートとマイナー調のメロディに対して、冒頭から<この世に降りて オレ/なんの役目/課されてどんな因果かただ/そいつをブッ刺すのさ>という命に対する混乱が綴られています。これまでにないハードルを超えんと書き進めた歌は、どういうふうに輪郭を持っていったんですか。

思い返すと……まず、作業に入る前に『ゴールデンカムイ』を読んでみたことが大きなきっかけになった。僕はアニメや漫画に疎いから、『ゴールデンカムイ』の名前を知っている程度だったんだけど、いざその内容にどっぷり浸かってみたら、主人公の杉元が置かれている境遇や時代背景も含め、もの凄く共鳴してしまって

―― 『ゴールデンカムイ』の杉元には、どういうところが共鳴しましたか。

やっぱり、生まれてしまった『業』の部分かな。人間それぞれにやっていることは違うけれども、生きていることそのものの虚しさとか、生きていることの馬鹿らしさみたいなものはたぶん変わらなくて。そういう業とか虚しさみたいなものが、杉元のあの激しい生き方から見えてきて、『わかるぜ』って思ったかな

―― 自分の正義のために闘い始めたはずが、金塊を巡る欲の連鎖に飲み込まれるうちに、何のために生きているのかもわからないまま走るしかない状態になっていくというか。

そう。それで杉元に対して僕が共鳴した部分について書こうっていうのは方向性としては決まったんだけれども、それをどうやって言葉にしていくかっていうのは、宮本(浩次)さんと“Do you remember?”を一緒に作った時に宮本さんはこうしてたな、とか、そういうところを参考にしながらやっていくしかなかった。宮本さんはね、自分にハマりそうな単語を書いた紙を足元にバーっと並べて、それを片っ端から歌いながら自分にピッタリくるものを探す作業をしてたんだけど

―― “Do you remenber?”のMVで観られるように、足元に置いた紙を見ながら潜るように歌う。

そう、まさにあのMVの感じ。僕はあそこまでの歌い方はしなかったけど、実際に言葉を並べながら口ずさんでみて、『これは違うな』とか『これは気持ちよくないな』とか、そんなことをしながら言葉を掴んでいった。で、結果的にできたかどうかはわからないけれども、僕は凄いシンガーのレコーディングの現場を何度か目の当たりにしてきたから、それこそ宮本さんやチバくんみたいにやりたいと思って歌ったかな。彼らはここが凄かった!っていうところを自分で表現してみるつもりで、あの通りにできるはずがなくても、それを僕が全力でやったら絶対に独特の個性になるはずだと思って歌った。うん、それは本当に全力でやろうとしたところ

―― 実際、“The Ballad”は言葉や音としての整合性以上に、健さんの根っこにある人生観と性根を無濾過で叩き込んでいるという意味でのゴツゴツ感があるんです。宮本さんとご一緒されて以降、『Bored? Yrah, Me Too』(2020年)から歌がどんどんソウルフルになってきた過程もありましたが、この“The Ballad”はソウルそのものが無濾過で入っているというか。

無濾過!(笑)

―― 感覚的な言い方で恐縮ですが、歌が音楽を追い越してるんですよね。それこそ日本語歌詞が呼んだものだと思いますけど、単なる歌を超えて、これは独白じゃないですか。それを健さん節たるメロディに乗せていくことで、健さんの新しいソウルになっていると思うんです。

ああ……そう言ってもらえて頭に浮かんだのは、『そうなんだよ、俺はこの曲が誇らしいんだよ』っていうことで。歌ってた時もそうだったし、今もそう思う。どうやってこの曲を作ったかを丁寧に聞いてもらっているけれども、実はどうやって書いたかも思い出せないくらいグワーってやってたしさ。だからこそ、“The Ballad”が完成した時は『何だこの凄いエネルギーは?』って思ってしまうくらいの手触りがあって。それが凄く誇らしかったんだよね。歌を歌ってる時もね、メンバーにはわからないようにドヤ顔してたと思うもん(笑)

―― はははははは。

まあ、メンバーには笑われなかったから、案外いいじゃんって彼らも思ってくれてた気がするんだよね。変だと思ったらちゃんと笑うような人達だしさ、そういう人達がしっかりと見守ってくれてたから、きっといい歌になったんだと思う。ただ、やっぱり日本語で歌うのはちょっと恥ずかしかったけどね。なんかね、やっぱり英語で歌っている自分と違う表情が顔を出すんだよ。そのうち英語で歌う自分と日本語で歌う自分の境目はなくなるんだろうけど、今はまだ違うんだなっていう感じかな。それで話を戻すと、さっき言ってくれた『これは健さんの新しいソウルだ。その歌が曲を飛び越えてる』っていうのは、凄く嬉しいし俺自身も身に覚えのあることで。『そうなんだよ、そんな気持ちだったんだよ』って思った

―― 健さんがおっしゃった「日本語で歌うと、いつもと違う自分が出てくる」というお話。それこそ、健さんが掴みたかった新しい手応えなんじゃないかなと思うんですよね。

ああ、確かに! そう、それだ。まだ照れてるから直視できなかったけど、もしかしたらそうなのかもしれない。俺自身が新しい自分を感じるっていう、実はそこを欲してたんだろうな……面白いね

―― そして実際のリリックについても具体的に訊かせてください。<なぁ だろ?しんどいよな?こんなか生きてくのって><いつか消えちまうからこそ輝く クソ命>というワードが強烈に飛び込んでくる歌なんですが、これは個人的にも共振してしまう歌詞なんですよね。「死にたい」とか「生きたくない」とかじゃなくて、「俺はわざわざ生きたいなんて言ってない、わざわざしんどい覚えをしたいなんて挙手した覚えはない」っていう感覚がずっと昔からあって。そもそも生まれたこと自体が理不尽なのに「死んだらダメだ」と言われて、なのに誰も生きなきゃいけない理由を説明できないじゃねえかっていう怒りに近い気持ちが拭えない。そういう感情を洗いざらい吐き出した上で命の輝きを願っている歌だから、この歌は健さんの独白としても、理不尽な命に混乱する人の代弁としても刺さるんです。

ホントに今言ってくれた通りで、俺にもその感覚が凄くあるの。こうなると、アダムとイヴとか『どうして宗教が生まれたのか』みたいな話もしたくなっちゃうんだけどさ。何にせよ、人間って元来しょうもないように設計されてると思っちゃうんだよね。生まれたことは嬉しいこと。今の世の中を生きてるのも嬉しいこと。ただ、別に挙手してないよっていう不条理を抱えながら生きてる。だからって別に『死にたい』とも思わないけどさ、そういった無常感は割とたくさんの人が持ってるんじゃないかと俺は思うし、人間は元々そう設計されてるから。じゃあもう仕方がないよね。自分で望んでいない命だとしても、せっかくなら思い切り謳歌するしかない。豊かという観念があるんだったら豊かにしようよっていう中で俺達は生活をして、もがいて、最終的には『幸せだった』と思いながら死にたいと思ってる。で、『じゃあ幸せって何だろう』っていうところをループして考えるようになっていくんだろうけど……そうやって命を謳歌しようとポジティヴに生きている人間が、ふと疲れて座り込んだ時に思うようなことが、この歌詞には詰まってる気がするんだよね。俺自身の話で言っても、俺はエネルギッシュに生きてるはずだし、命を謳歌することを実践してきた実感があるのね。人からすりゃクソだと思うものでも、俺が大事だと思ったら一生握り締めてやるっていう生き方をしてきた。ただ、他人の価値観は関係ないと思って生きてきた人間にも、ふとした時に『しんどいよな』とか『何のために生きているんだろう』って思う瞬間はあって。それを言葉にすると、こういう歌になるんじゃないかな

―― この歌で歌われていることは、健さんが長らく抱えてきた想いだと思いますか。それとも、近年「人生の最終コーナーを回ったところだ。それが今の大きなテーマだ」とおっしゃっているように、人生の最終盤を生きる中で芽生えた感情ですか。

どっちとも言えるかな。若い時はまだそこまで深く考えていなくて言語化できなかったんだろうけど、これに似た考えは若い時からずっと持ってた。で、今はそれを言語化できるようになったから、歌に表出するようになった。これは昔から持っていた考え方であり、今やっと表現できるようになったものでもある。じゃあ何故そういう考え方になったのかと訊かれたら、俺はそうやって設計されて生まれてきたからとしか言えないんだけどね。そういう気性の持ち主だから、こういう歌になった。まあ、仮にこのまま日本語で曲を書き進めていったらどういうスタイルになるかはわからないけれども、今回は自分の思想とか風景とか、ずいぶん深いものが出ちゃったんだろうね。だからこそ誇らしいんだと思う

―― <いつか消えちまうからこそ輝く クソ命>というラインの<クソ命>が言葉以上にエモーションとして凄まじい響きを持っているんですが、Hi-STANDARDのインタヴューでは「これまでハイスタとKen Yokoyamaの活動を分けていたけど、人生の残り時間を考えたら、これからはできることをできるうちにすべてやるべきだと思った」とおっしゃっていましたよね。そう考えると、<いつか消えちまうからこそ輝く クソ命>というラインからは、音楽家以前に人間として持っている言語も全部使い果たしたい、みたいな気持ちもまた聴こえてくるんですよね。

あるかも。今『ああ』って思ったから、使い果たしたいっていう感覚は確かにあるんだろうな。もう出し惜しみしてらんない、というかね。これもまた自分の人生観の話になるけれども、僕の人生にはいくつかの軸があるわけですよ。まずはギターを弾いていく人生、そして表現していく人生。あとは人を愛する人生とか、いろんな軸がある。で、『表現する』っていう軸で考えると、これが最も有限なことで。他のことは最期の時まで粛々と続けていけばいいことだけれども、表現に関しては、有限だからこそできるうちに自分のすべてを使い果たすべきだっていう気持ちがあるんだろうね。今言われてみて、凄く心当たりがあるなって思う

―― それが結果として、音楽家としてもシンガーとしても更新にも繋がっているという話だと思うんですよね。すべてを使い果たそうとする気持ちによって新しい手応えを求めて、それがちゃんと音楽の更新になっている。

確かに、新しい手応えが欲しいっていうのはそういうことだったのかもしれないね。すべてを使い果たしたいんだっていう気持ち

―― “Goodbye, So Long”も歌のほぼすべてが日本語詞になっていますが、これもまた人生の終わりに近い地点から命を見つめている歌ですよね。<グッバイ ソーロング さよならさ>と歌い、<そう遠くはないのさ また会う日まで>というふうに結ばれる歌は、再会を願うというより「あっちに行きゃ全員また会えるさ」みたいな感情を歌ったものなんじゃないかなと。

あ、わかった!?(笑)。そうなんだよ。オブラートに包んでいろんな解釈ができるように書いたつもりなんだけど、この歌には、まさに今言われた通りの意味合いを込めていて。結局<そう遠くはないのさ また会う日まで>っていうのは、あの世に行きゃどうせ会えるし、っていう感じなんだよ。で、今言ってくれた通り、終わりに近い地点からいろんなことを見つめている自覚は凄くあって。ほんと、機能的にも気持ち的にも人間は老いていくんだなぁって感じることが増えてきて、そうなるとモノの見方や考え方もどんどん変わっていくのよ。だいぶ達観するようになっていくというか

―― 達観。人生に対する割り切りとか、折り合いに近い意味合いですかね。

そうだね。さっき話した『人間はしょうもないように設計されてるんだよ』みたいなこともそうだけど、それが事実かどうかわからなくても、自分が生きてきた上での真実を捕まえた気にならないと、なんか終わるに終われないなって思っちゃうんだよね。で、そうなんだから仕方ないよねっていうのは諦めとはちょっと違って、それが僕から見た世界に対する理解の限界だから。終わりが近づくにつれて、自分が見てきたものに対する答えを出さないといけない……答えを出さないといけないってことはないんだろうけど、答えを出した気になりたいんだろうね。そういった自分の行為を含めて、やっぱり人生の終わりに近いところから歌ってると思う

―― これは人生の後輩としての質問ですけど、終わりに近いところから人生を見つめるのは、切ないことですか。それとも、ゴールテープが見えたなら走り切るだけだ!っていう昂りを覚えることですか。

その両方があるかな。まず、切なさはある。もうこんなところまで生きてしまって、『あとは何があるんだろう』って思っちゃうこともあるから。俺、この前まで子供じゃなかった? とか、この前まで一番の若手じゃなかった?とか(笑)。なのに気がつきゃ大ベテランで、56歳だよ。時間が経つのはなんて早いんだとか、そういう切なさはあるよね。だけどその一方で、『次はどういうギター弾きたいかな?』とか『どんな入れ墨を入れようかな?』とか、楽しみなことも存在してる。僕は子供が3人いるんだけれども、彼らの成長を見るのも楽しいし、それもまた人生のモチベーションになること。もちろん、どんな方向にバンド持っていってやろうかな、どんな曲を作ろうかなって考えるのも燃えるポイントだしさ。だから、切なさも楽しみもたくさんある中で人生の終わりを見据えるっていう、なかなか簡単に言えない気持ちでいるかな

―― 日本語詞、アニメタイアップという新しい界を開くことで、さらに新しい人との出会いも生まれますよね。そしてそれが新しい楽しみになるというか。

それも凄くあるよね。僕はまだ『ゴールデンカムイ』の作者の方にはお会いしていないけれど、人が想いを込めた作品に音楽をつけるっていう一連の制作を突き詰めて考えると、やっぱり人と人の繋がりだと思うのね。で、そういう想いで繋がる新しい出会いをしたいっていうのは一貫して思っていることだから。やっぱり人生は人との出会いだよね。人の存在によって人生は豊かになっていくんだよなっていうのは嫌というほどわかってるし、人との繋がりをずっと求めてるんだよね。そういう意味で、新しい出会いを求めての挑戦だっていうのは間違いないと思う。あとはこの“The Ballad”や“Goodbye So Long”をライヴでやってみて、聴いた人がどう受け取るか……そこはまだ見えてないところだから、何とも言えないんだけど

interview by 矢島大地
Vol.03へ続く...