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『コラムパーク』

「終わる命 繋げる命」

たぶんあいつは明日には死んでいる。
そう思った。

実際そうだった。
次の日の朝その場所に行って、その場所を見て「やっぱり、、、、。」
だった。

梅雨が始まる前の天気が悪く雨が降ったりやんだりでじめじめした一日だったけど、俺にはどうしてもトラクターで起しておかなければならない畑があったから、小雨の中トラクターを動かしていた。
俺が後ろを見ながらロータリーの回転と位置を確認してレバーを上げ前を見たら、
不意にあいつは畑の横の下り坂に立っていた。

そして、あいつを見て俺は一瞬ギョッとした。
普通とは全然違ったから!
全身の毛が抜けおち、カサカサになったしわだらけの体。
顔には一応毛が残っているけれど目は開いているのか閉じているのか分からない。
そして、ヨロヨロしている。

そして、おれは「うわっ。出てきた。」とおもった。

あいつとは「タヌキ」だ。
野生のタヌキ。

そして、おれとは俺の事。
人間の俺。

ここは長野県の南信州、中山間地で山間の畑なのでタヌキ、鹿、いのしし、等は普通にいる。
中山間地の農地は人間と野生動物との境界線だ。
でも、タヌキは普通夜行性なので基本行動するのは夜だ。
でもでも、目の前にいるタヌキは白昼堂々とそこにいる。

なぜ、全身の毛がないのか、なぜ、ヨロヨロしているのか、なぜ、昼間に出てくるのか。
その答えはこうだ。
あいつは病気にかかっているのだ。
疥癬病(かいせんびょう)。
ヒゼンダニというダニが寄生して、増殖。それが、とても痒いらしく、全身をかきむしるので毛が抜け落ちる。
そして、目の周りにも増殖するのでもう目を開けていても見えていないらしい。だから、昼か夜かもう分からなくなっている。
皮膚がカサカサになって、体力も奪われ、思うように餌もたべられなくて、末期になると
死んでしまう。

まさに、その末期のあいつが俺の前に出てきたのだ。
目は見えていないと思う。
だって、追い払おうとあいつに近づいても、逃げない。
というか、逃げる体力もなさそうだ。

あいつは、一度、おれのまえで動きかけて、、、、バタッと、倒れた。

「あっ!」
おれは、一瞬、手をだして、起こしてあげようとしたけどあわてて引っ込めた。
それどころか、すばやく離れた。

あいつはたぶん、水が飲みたいんだ。
水路に向かってきたからだ。
でも、俺は水を飲ませてあげられない。

自力で水路にたどりつけないあいつを遠目で見ている。
いや、普通なら飲ませてあげたい。そりゃそうだ。同じ生き物だもの。
でもできない。

俺の家族や、飼っている犬のために。できない。

ヒゼンダニは犬科の動物に寄生する。
そして、疥癬トンネルというトンネルを皮膚の中に掘って行ってそこに卵を産んで増殖を繰り返す。
そして、その過程が猛烈に痒いらしい。

犬が感染したらとんでもない事になる。
もし俺があいつに触れてダニを持ち帰って犬に寄生させたらと思うと、近づけない。
基本、人間には一時的に寄生するらしいが、犬科に寄生するヒゼンダニは人間では繁殖できない。でも、人に悪さすることもあるらしい。
おれには2歳のこどもがいる。女の子で世界で一番べっぴんさんだ。
どう控えめに見てもうちの子が一番かわいい。

だから、なおさらあいつには近づけない。
おれは、俺の家族を守らなきゃならない。

いまにも死にそうなあいつを遠目に見て、そんな事を考えていた。
つらい。
もう、末期だから死ぬだろうけど、最後に少しの水ぐらい飲ませてあげたい。
でも、無理だ。俺には出来ない。
おれは、残酷だ。ひどいやつだ。

そうしている間にあいつは最後の力を振り絞って歩き出した。
坂道をくだって、小さな橋を渡り、横の草むらに身をひそめた。
そこで、もう30分くらい立っては座りを繰り返している。

おれは、どうする事も出来ないけれど、なぜかそれを見ていた。
畑での農作業はまだ残っていて、今日中に終わらせなきゃならないのに、、、。

辺りは薄暗くなってきた。
雨も次第に強くなってきた。

あいつはもう起き上がる事も出来ない。
顔を地面に伏せたままになった。
でも、まだ息をしている。

あいつは明日には死んでいる。
そう思った。

俺はもう、今日は何も仕事ができなくなった。
そんな気分じゃない。
おれは、残酷だ。

辺りでは、ツバメがビュンビュンとんでいる。
昼間は草むらから野ネズミがとびだしてきた。
虫の声も聞こえる。
ここは命であふれている。ちょっと辺りを見回せば生命のパワーがハンパない。

でも、終わる命もある。
それを見ているオレもいる。

なんだろう、この複雑な気持ちは、、、、、。
でも、でも、おれは、家族を守らなきゃ。なにがなんでも。危険にさらせない。

そして、明日、畑にはズッキーニの苗を植えなきゃならない。
種から育てたやつだ。
タネは芽が出て大きくなって実をつける。そして、タネができる。
そしてその種をまた、次の年にまく。
命を繋げる。
繋ぎ続ける。
あれ?だれかの曲にあったなぁ。

そして、次の朝。
やっぱりあいつはそこで死んでいた。
もう、ハエがたかりはじめた。
どうか、どうか、安らかに。
ごめんな。ごめんな。タヌキ君。

古民家そより 43歳 農業

2014.10.24

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