どーも!今度はオレの番!さーて、何から話すかな。オレについては 「Ken Band にいるアノ人」 または 「Ken Band のコリン」 として知ってる人がいるんじゃないでしょうか。日本に住み始めて今年でかれこれ 3 年目。あの時からするとオレの日本語も少しは上達してきたのかな〜と我ながらに思う今日この頃です。
さて、ピザオブデスとの出会いは来日して一週間経ったある日のこと。2003 年のある日、オレは MASTER LOW のリハーサルでぶらぶらしないかと誘われ、リハ中にそこにあったギターを拾い Ken にギターを弾いてみせた。気がついたら 1週間後にはオレは一員として Ken Band の中にいた。まあ、こんな何の変哲もないシンプルなきっかけで今に至るワケです。
「1,2, fuck yeah!…もとい、マルガリータ!」
オレは最近実家のあるカナダのトロントから 2週間の滞在を終えて帰ってきたばかり。先月オレの親父が不慮の事故で他界した。親父を冷たい土に埋めるためだけに実家に帰るなんて…と激しく落ち込んだが、そんな事態に悲しむ間もなく、親父の亡がらに別れを告げるために急きょ地元に飛んで帰った。
生粋のアイルランド人(カナダ移住)であった親父は音楽をこよなく愛する人だったな。 (ただ、オレの音楽活動に関してはサポートのようなものはしてもらえなかったけどね。)そして親父はアイリッシュ・ローバー、「典型的なアイルランド人」 っていう意味で、他のアイリッシュ同様ウィスキーをこよなく愛し、情にもろく物事にアツい人だった。そんな親父がオレにインスパイアしてくれた様々な事はオレの人生の糧となっているしこの先も一生忘れないだろうな。
ただ、2 つだけ悔やんでも悔やみきれない事があるんだ。ひとつは最後に親父に会ったのは 2 年も前で、生きた親父にはもう会えなかった、という事実。そして 2 つ目は、去年生まれたオレの娘ジェシーの顔を見ぬまま親父は逝ってしまった事だ。まあ、こんなわけでオレと娘は遠いカナダの地で親父に別れを告げ長〜い長〜い旅行から帰ってきた。
帰ってきた後はシングルマザー(またはファザー)に対して尊敬の感情が沸いてきた気がするね。オレは人の親になってわずか1年半足らずだけど、オレ一人で小さな娘を連れて遠い地に旅行出来るくらい、オレ自身も親として成長していたんだな〜と実感した。これを読んでくれてるみんなも、まだ子を持つ立場になっていない人が多いと思うけどいずれ親になってみれば分かってくるよ。
あと不思議だなと思ったのは、本国に帰った事で日本がどれほどオレにとって「ホーム」なのかという事を実感した事。
実はオレ、今まで日本でのささいな 「文化の違い」 に直面する度に不満を言っていた。本国に帰るまで。
日本に住み始めた当初なんて 「oh、この国に慣れるわけがない!」 と憂いてるくらいだったんだけど、いざ国へ帰ってみると日本よりも深刻な 「逆カルチャーショック」 をもろに受けてしまった。自分の生まれた国のくせに文句を言うわ言うわ、「日本ではこんな事しねーよ!こうやるんだぜ。」 「日本のやり方の方が全然いい。」 しまいにはホームシック(ってどっちがホームだか…。)になったりして早く日本に帰りたいなんて思っていた。
これだけは言える。生まれ育った国に帰るのはいい事だ。地元の親や親戚、古い友達に会ったりするのもいい。しかし一時日本を離れた事で 「もう一つの」 ホーム、日本に対しておのずと感謝の念が芽生えてきたんだよね。日本での家族、新しい友達や仲間たちをもっと大切にしようと思えたし。もちろんこれからも嫌なことや納得いかないこともあるだろうけど、それよりこんなに沢山いいことがあるじゃないかって再認識できたのは事実だ。
そして日本に戻ってきてすぐに Ken Band は "Two Fest For Love" ツアーに突入。そして FUJI ROCK!!…と、休む間もなくまた普段通りに忙しくなった。(あげくにリレーコラムの締め切りにも追われてるワケだけど。)まあ、忙しいことは張り合いがあるしイイ事だけどね。それにしても帰ってきてすぐツアーでギターをにぎった時は気持ちよかったな〜。
それとね、実はツアーに出る何日か前にオレのもう一つのバンドであるU.K.Lのライブをやらせてもらいました。ではせっかくなのでこの場を借りてオレのサイドバンド 「U.K.L」 についてちょこっと紹介させてもらいます。
数ヶ月ぐらい前からオレは曲を書き貯め始めた。いわゆる "Negative Approach" や "Minor Threat" を彷彿させるオールドスクールなハードコア。自分に最も大きな影響を与えた 80's 初期のオールドスクール・パンクをサイドバンドでやっていけたら最高に楽しいだろうなと、曲を書き始めると自然にバンドの結成を意識するようになった。
長年の友達だった Hayato はヴォーカルを快く引き受けてくれたし、ベースは Hiro (現Cherry Cokes) にお願いした。ドラムは何人かトライアウトした後、若くて才能もある Nishi に決定。メンバーはこのラインナップで申し分なかったが、問題は練習量。うーん…。
実はどのメンバーも別のバンドに所属していて、なかなか練習する機会が合わず思うよに進まないのには泣かされた。「ファーック!ここはブッツケ本番でやってみるか!」 と U.K.L は練習もままならぬうちに、今年 2006 年の 6月 6日 ( 666!) 渋谷で初めてのライブをすることに。その名も 『 Welcome To Hell vol.666 』 。そんな状況下にもかかわらず初ラ イブは大成功。他のバンド達も本当に気に入ってくれたし、いやーマジで楽しかった!
これからも U.K.L はガンガンライブをしていくので、もしライブ情報やその他諸々興味がありましたら下記までメールを下さい。(日本語でオッケー!) Hayato :
uxkxlx@hotmail.com あと、Myspace (
http://www.myspace.com/uxkxlx)でも色々公開しているので覗きに来てくれるとうれしいな!
そういえば最近徐々に体がトロくなってきたんだけど、(この辺を Ken に語らせたら長いぞ〜!)どういうわけか体だけじゃなく他の部分もスローダウンしてきている気がするんだよね。うまく説明出来ないんだけど、つまり 「ひらめき」 や 「知恵」 が生み出される場所っていうのかな。知恵とか知識って今までの経験から培われるものだと思うんだけど、どうやらその 「今までの経験を貯めている貯蔵庫」 から 「ひらめき」 へとつなぐジョイントがみずみずしさを失ってきたんだなー。うーん。漠然としすぎてるかな…。
ここの部分って普段は気づかない小ぃ〜さい部分だと思うんだけど、実はスゲー重要な場所だったりするわけ。若い頃は考えもしなかったけどね。でも年をとるのはそんなに悪い事じゃないよ。
では最後に。もう一度だけ言わせてもらうとオレは日本にいれて幸せだ。こっちの友達も家族も本当に大切だし、ピザオブデスや Ken Band のみんなは兄弟だと思っている。Ken Band の仲間だけじゃなく Ken Band で経験してきた色々な出来事や、ツアーで回った沢山の場所での出会いもスゴくいい影響を与えてもらってるし、また、吸収させてもらってもいる。そのくらいオレの生活は Ken Band 中心に回ってるのかも。
あと多分オレの人生の中で一番大きく変わったところは、やっぱりダディになったことかな。父親になるって人生どころかオレの考え方や姿勢、性格までも変えてしまうんだなと実感。今まで子供とは無縁の生活を送ってきただけに、ダディ業はなかなか大変で骨の折れることだけどね。あたりまえだけど。life goes on!
だらだらと語ってしまったけど読んでくれてありがと!またライブで会いましょう!
では次はハザワで!!よろしく。