『横山健の別に危なくないコラム vol.65』



「夏フェス」

 夏になると、毎週末日本中のどこかで開催されているフェスティバル。
 フェスはライブハウスなどとは違い多種多様な嗜好を持つ観客が集うのだから、「快適な空間」を演出すべき主催者の苦労たるや、推して知るべし。
 しかし、観客は高額なチケット代を支払い「楽しむ」ために来るのだから、主催者の苦労がどうこうなど通してくれない。観客には「楽しむ権利」がある。
 日本でロック・フェスが始まって早10余年、フェス乱立の様相を呈する中で、「快適な空間」と「楽しむ権利」のズレが生じるコトもあるだろう。
 
 Ken Band は 茨城・ひたちなかで開催された「ROCK IN JAPAN FES. 2009」に参加した。既にご存知の方も多いだろうが、そこでの出来事を話したい。

 ライブ当日の朝、会場に向かう車の中で、オレはズーッと苛立っていた。
 「ダイブ・モッシュ禁止」。(…ちなみにオレ個人の認識なのだが、ダイブとはステージ・ダイブのコトで、人が人の上を泳ぐのはクラウド・サーフと言うのではなかろうか…?しかし恐らく最近はクラウド・サーフのコトをダイブと言うのであろう。今回は「人が人の上に乗るコト」を「ダイブ」として話をしていく。)
 
 このフェスでは毎年禁止されているコトだが、今年は運営側も取締りを強化する、と聞いた。どうやら禁止行為をしたお客さんは一発退場らしい。Ken Band のライブにダイブ・モッシュは付きものだ。それを楽しみに来ているお客さんも少なくない。
 さて、今日ステージの上でどうお客さんと接するべきか…。
 普段、移動の車の中ではほぼ100%音楽を聴きつつ眠りに落ちるオレだが、この日はちっとも眠れない。とにかく落ち着かなかった。
 そして眠るのを諦め、ピザオブデスの DA の隣に席を移し、彼にオレの心境を聞いてもらった。
 何でそこまで過敏になるのか…たかがダイブ・モッシュが禁止になるくらいで。自分でもよく分からなかったので、DA に話すコトで自分が何を感じているのか把握しようと試みた。

 溯ること1週間前、広島で「Setstock 09」に参加した。このフェスもやはり毎年「ダイブ・モッシュ禁止」で、今年は最前列に落ちてきた観客はセキュリティーによってに「隔離テント」に連行された。そしてバンドの演奏が終わるまでその中に収容、ライブ終了後に解放、という流れだった。
 オレは自分達が演奏を始める前に、「今年は運営サイドがそういった方針を明確にしてきた」旨を観客に伝えた。実際演奏が始まると、お客さんの戸惑いが、ステージ上から見えた。オレ達自身も久し振りのライブというコトもあり、気まずい思いはしたくなかった。なんかなぁ…といった感じでライブを終えた。
 実際は楽しいライブだった。しかし…戸惑うお客さん達の姿は、しこりとなってオレの心に残った。

 規則は規則だ。運営サイドに「こうします」と言われたら、出演者も従うのが筋道だ。それに同意できないのだったらステージに上がらなければ良い。
 しかし…、今回の規制はオレにとっても観客にとっても、「あ、そうですか」と受け入れられるモノではない。
 オレは Rock in Japan に備えいろいろ考えた。「日本4大フェス」の一つであり、その中でも観客動員数、そして客層の幅広さは恐らく随一であろうこのフェス。気持ちの準備無しではステージに上がれない。
 …考えれば考えるほど、着地点はぼやける。
 
 話を当日に戻そう。会場に向かう車内で DA にほぼ一方的に気持ちを吐露しつつ、最終的に「今日オレがステージ上で何を言っても、もし言っちゃいけないようなコトを言っても、苦い顔をしないでくれ」と言った。DA は「分かりました」とだけ言った。
 出番の2時間くらい前に会場入り。やはりどうも落ち着かない。
 しばらくすると、ROCK IN JAPAN の前編集長の山崎洋一郎氏が「横山君、ちょっと話がしたいんだけど」と言って、オレ達の楽屋に現れた。山崎さんはこのフェスのプロデューサーの一人だ。何度かインタビューも受けているし、このフェスや年末の Countdown Japan の Ken Band のブッキングは山崎さんがしてくれている。つまり、 Ken Band がどういったノリなのか、客層はどんななのか、そして彼らの楽しみ方はどんななのか、イヤというほど知っている人だ。
 その山崎さんがオレを呼び出し、こう切り出した。
 「今年はダイブ・モッシュは全面的に禁止させてもらったんだ。こうなったのには経緯があって…」、山崎さんの表情からはそれが苦渋の選択だったコト、そして Ken Band にとって決して楽しい話ではないと理解しているコト、それらが見てとれた。

 実は、Ken Band がブッキングされた時点では、モッシュ・ダイブに対する罰則強化に関しては決定されていなかった。伝達されてなかっただけかもしれない。とにかく、オレは知らなかった。「毎年そんなようなコトを謳っているんだから…」というコトが暗黙の了解であるかのような、オレの甘い認識があったのも確かだ。しかし今年、彼らは本気だった。
 経緯、と上記したが、オレが山崎さんから受けた説明はこんな感じだった。
 「昨年末の Countdown Japan で後遺症が残るくらいの事故が起こった。その人は別に保障がどうだとか求めてはいないが、『謳う以上しっかりと実行して欲しい』とは求めている。運営としては、これは重く受け止めなければならない。」
 こんな内容だったと思う。
 話自体は了解した。わざわざ説明してくれた山崎さんの誠意も伝わった。この時点でブッキングが先か、規則が先かのわだかまりは捨てた。

 しかし、オレはまだモヤモヤしていた。オレは主催者に良い顔をするために来たのではなく、お金と時間を費やして、なによりもオレ達の野外でのライブを楽しみにやってきた観客のために来たんだ。
 どうすればいいか分からぬまま、出番直前になった。
 ステージ上でどう振る舞うか、何を口走るか不確かなまま、オレはステージに出て行った。
 結局…今年の罰則強化について自分の口で話し、様々な注視の中で観客との間にどういったケミストリーを生み出せるのか。それだけなんだ。

 広島の時と同じく、何万人かの観客に対し、「始める前に話しておきたいコトがある」と切り出し、「ダイブ・モッシュ等は危険行為と見なされ退場になる」と告げた。告げたと同時に、広島の観客の戸惑いが脳裏をよぎり、苦い気分になった。なぜ苦い気分になるのかは、まだ分からなかった。もしかしたらこの時点ではまだ、できれば見て見ぬフリをしたかったのかもしれない。
 そしてオレ達は演奏を始めた。いつもと同じ様に笑って、下らないコトを言って、汗をかいて演奏した。観客は盛り上がっている。モッシュやダイブ無しでも盛り上がっている。しかしその盛り上がりの向こうに、やはり戸惑いと苛立ちが透けて見えた。

 そしてライブも後半にさしかかった頃、やっと自分のモヤモヤの正体が掴めた。
 その正体とは、「自由であるべきコトが制限されたコトに対する怒り」だった。

 ライブでダイブやモッシュが起こらないと、ステージ上からの視覚的にはやはり寂しいのだが、正直に言うとそれらが起ころうが起こるまいが、どちらでも構わない。元々は自然発生だったはずのこういった荒っぽいノリ、最近ではもはや「お約束」であり、時には画一的に思える場合もある。「ダイブ・モッシュはオレ達からバンドへの最大級の賛辞だ」とメールしてくれた人もいた。それはそれで、やはり嬉しい。しかし、曲を聴く前から「今日はあの曲で飛んでやろう」なんていう人達も少なくはなかろう。そうなってくると、表現法が違うだけで、オレ達が忌み嫌うアイドルやらタレントに対するモノとなんら変わらないではないだろうか。
 だから皆さんにはもっと形にこだわらず、自由に体を動かして欲しいし、自由に踊ってもらいたいんだ。
 それが結局のところモッシュやダイブだったというのならば、もちろん大歓迎だ。

 また話が逸れたが、少なくとも今の Ken Band の観客はモッシュやダイブをしたいのだ。冒頭で話した通り、彼らには楽しむ権利がある。
 モッシュ・ダイブ禁止に怒ったのではない。
 彼らの楽しみ方を制限されたコトに怒った。

 改めて書くと幼稚に見えるが、「制限されているコト」を実感すると、それが本当に憎いモノだと分かる。

 オレはステージから「ロックなのに良い子でどうすんの?」と挑発した。
 すると観客は呼応し、次々と人が人の上に乗り始め、モッシュ・ダイブが起こり、立派なピットが出来上がった。
 モッシュ・ダイブなどどうでもいいと思うオレだが、これは嬉しかった。この日のそれは、画一的とは正反対の美しさがあった。
 彼らの気持ちを解放させるコトができた自分を誇らしく思った。
 そして呼応した連中が Ken Band のファンであるコトを、更に誇らしく思った。

 ライブの途中「このフェスにはもはやオレ達の居場所はないのかもしれない」と言ったのだが、全曲を演り終えステージを降りる時、またここで会いたいと素直に思った。その一方で、もう戻って来れないコトも分かっていた。誰のためにも来るべきじゃないんだ、と思った。
 しかし終演後、真っ先に飛んで来てくれたのは、他ならぬ山崎さんだった。
 山崎さんはオレに「あの場で闘ってくれてありがとう」と言った。そして意外なコトに「今後もこの場で闘いを続けて欲しい」とも言った。嬉しかったが、すぐに返事は出来ないと答えた。さっき吐いたばかりのテメェの唾を飲むワケにはいかない。

 誤解して欲しくないのは、オレはこのフェスを批判したいんじゃない。そこは「罪を憎んで人を憎まず」といった心境だ。運営している人達は好きだし労力には敬意を払いたい。しかし事実に対しての怒りは消えない。
 来年以降、あのステージに戻れるかどうかは、誰も知らない。運営サイドの考え、バンドの考え、それぞれあるが、何よりも力を持っているのは皆さんの意見だ。
 「もうあんなフェスには出なくていい」という意見、「禁止行為を煽るバンドなど出ないで欲しい」という意見、「ルールに沿ってまた出て欲しい」という意見…本当に様々だが、フェス・シーズン以外でも皆さんの見解なくしては、事態はどこにも進まない。
 オレ達みたいなバンドもいるべきだと思うなら主催者にそう意見してもらいたいし、出て欲しくないと切に願うならそれも意見していって欲しい。どっちに転ぼうが、とにかく活発な議論を望む。

 オレ個人的には…「もうあんなフェス、出ねぇよ」と突っぱねるのはとても簡単なコトだ。実際、出なくてもオレ達は困らない。オレの知っているバンドでこのフェスに対して不快感を抱くバンド、批判的な意見を持つバンドも少なくない。
 しかし、オレはそれだからこそ出る価値が出てくるのだ、とも思う。
 天邪鬼だが、今年出演して、この様な出来事があって、来年以降の Ken Band の参加の意味が変わった。

 繰り返すが、来年以降のオレ達の出演の可能性は、皆さんが握っている。
 もし皆さんによって出演の可能性が開かれたとしても、オレはオレでありたいし、自分の言葉でオレ達を観に来てくれた人達に話しかけられない場所なら、出る価値はない。

 今後、オレは山崎さんを始め、運営サイドと話し合いの場を持つだろう。
 オレはあの日ステージで、「オレ達は試されてるんだ。運営側もミュージシャンも、キミ達観客も」と言った。つまり今後、それぞれの立場でそれぞれの観点からの主張をしていかないと、結局「長いものに巻かれる」コトになる。そして最終的には「ロック」という言葉の意味合いも変わっていく。それが日本の「ロックの歴史」になっていく。ボーッと見てるだけじゃ、数年後、或いは数十年後には「あぁ…日本のロックってこうなっちゃったのね」って言ってる、悲しいヤツになる。
 少なくともあの場所を心地良い場所にしたいなら、楽しい場所にしたいなら、キミ達も意見するべきだ。キミ達も闘うべきだ。

 間違っても、知らない人を巻き込んで怪我させようと言ってるんじゃない。
 しかしロックを体に浴びて、行儀良く観賞してられるか?
 キミ達の楽しみ方が「危険」とされ、制限されて黙ってていいのか?

 ロックが好きなら、みんな熟していく必要がある。



「オレ達を縛りつけようとするなら…ジンギスカンにして食べてやるよ。」」




「Low IQ 01 トリビュート」

 先日、Low IQ 01 のトリビュート・アルバム用にレコーディングした。曲は「So Easy」を選んだ。

 Low IQ 01(以下いっつぁん)との付き合いは…もう20年弱になるだろうか。早いもので Master Low 名義でソロ活動を開始してから、今年で10周年らしい。
 いっつぁんが初めて Master Low でライブをした夜、オレはその場に居合わせた。大所帯のバンドをバックに一人でフロントに立ち、楽器も持たずにハンド・マイクでステージを縦横無尽に駆けずり回ったいっつぁん。バンドマンとしての彼を見てきた人にとっては予想もしなかった、ある意味異様な光景だったと思う。しかしオレには、新しい可能性に見えた。オレ自身がソロ活動を始める時にも Master Low を観て、…もちろんオレはいっつぁんの様なスタイルは取れないが、「音楽をやろうと思うなら一人でも出来るし、人前にも出て行ける」と彼の奮闘ぶりから教えてもらった。
 
 2003年に 1st ソロ・アルバム「The Cost Of My Freedom」をレコーディングした時も、彼はベーシストとしてオレの隣にいてくれた。とりとめの無い話を聞いてくれて助言をくれた。そして全曲でベースを弾いてくれた。

 いっつぁんには、返しきれない恩がある。

 そんな彼のソロ活動10周年を祝うトリビュート盤、参加しないワケない。

 実はオレは一人で、アコースティックの弾き語りをした。出来は…大して面白味もなく、至って普通だ。しかし、いっつぁんが書いた曲をオレが弾き語る、ここにオレは勝手に男同士のストーリーを感じた。もちろん Ken Band で演奏するコトもできたが、なんかもっと…、「市川昌之 と 横山健」にしたかった。

 失礼な話かもしれないが、いつリリースされるのか、どこのレーベルから出るのか、なんていうタイトルのアルバムになるのか、他にどんなバンドが参加しているのか、全く知らない。
 オレの音源がいっつぁんの耳に届いた瞬間、オレの想いは結実する。
 もうオレは満足だ。
 気持ちは詰まっている。

 そして10月10日に10周年を祝うライブに出演する。この日は Ken Band で出る。ガンちゃん(最近の呼び名は「ああいえばこういうマン」)もいっつぁんとのは古い付き合いなので、楽しみにしている様だ。

 まぁ…特にオレの音源に期待するコトなく、機会とご縁があったら是非このアルバムに耳を傾けてみて欲しい。




「衆院選」

 投票日は8月30日。この日は Ken Band も出演する大阪でのフェス「Rushball 09」の開催日だ。フェスにくる人で選挙権を持っている方々は投票所に寄ってから会場に来るか、当日が無理なら必ず不在者投票をしてくる様に。
 
 民主なんかは声高々に「政権選択選挙」などと言っているが、正直言って我々にとってはどちらが政権を取ろうが、大した問題ではない。
 そうじゃないか?
 ニ大政党制など、日本には馴染まない。イギリスにしてもアメリカにしてもニ大政党の支持層はハッキリしている。イギリスには労働者階級が根強く残っているし、アメリカには白人層と黒人層がある。日本は…今、自民党が失態が多いから民主党…まぁそんなところだろう。民主党の幹部のほとんどは元自民党だし、名前が違うだけだ。民主党の生え抜きの議員が党を掌握する時代にでもなれば、また何か変わってくるのかもしれないが。

 ならばなぜ選挙に行くのか?どんなボールも振らなきゃ当たらんからだ。
 我々若者(オレは若者ではないが)にとっては「政権選択選挙」でもなんでもなく、「行くのか行かないのか選挙」だ。

 ワケが分からなくとも選挙に行けば、結果がどうなったか少しは気になる。その結果を受け、ニュースも少しは理解出来る様になる。そうすると政治家の好き嫌いも出てくる。「この人の顔が生理的に受け付けない」とか、そんなんでも良い。すると発言とかが気になる。しばらくすると政治のコトがなんとなく分かってきた様な気になる。「消費税取られてんだぜ、こっちは…」とか抵抗無く言えるようになる。それでいいじゃないか。
 
 無関心が一番の悪だ。




「楓太&桃士通信」

 桃士が産まれてから早くも2ヶ月が経った。7月から8月にかけて、ライブがある週末以外は全週末岡山に行っている。ツアーも併せると、最近のオレの移動距離はハンパじゃない。生来の無精者のオレをいそいそと岡山に向かわせてしまうのだから、子供の力はもの凄い。
 オレの家族は、オレのツアーが落ち着く9月の上旬に帰ってくる予定だ。それまでは…もう少し独り身を我慢だ。

 …楓太と桃士について話したいのだが、実際は週末を一緒に過ごすだけなので、大したコトが話せない。

 妻が里帰り出産のために実家に帰り、早3ヶ月半。桃士が産まれてから2ヶ月強。6月はオレも3週間も岡山にいたが、それ以外はオレは東京で一人での生活を余儀なくされている。これは夫婦合意の上でそうしたのだし、実際オレもフェスやら練習やら会社やらなにかと忙しいので、その方がベターだと思う。
 一人での生活が始まる前は、正直言うと久し振りの一人暮らしにワクワクしていた。自分の時間も持てるし、新曲もいっぱい書けるだろう。さぁ何をしよう、そんなワクワク感があった。だがいざ始まってみるとどうだ。家族への恋しさは日々増すばかりで、一人の時間は堕落し切ってしまった。家に一人でいると…妻と子供に逃げられた甲斐性無しのバカ旦那に、自分が思えてくる。情けないというより、例えようの無い哀しさが襲ってくる。そして子供達と撮った写真を眺めては気を紛らわせている。

 妻と電話で話すと、後ろで楓太の楽しそうな声、桃士の泣き声が聴こえて来る。何事も無く暮らしている家族の様子を確認してホッとすると同時に、最近の楓太のハマリ物が何か知らないし、桃士がどれくらい太ったか知らない。

 まぁこんな気持ちもしっかり覚えておこう。いかに家族と一緒にいれないコトが辛いコトか、肝に銘じておこう。
 それに、いざ3人が東京に戻ってきたら、どうせ妻と子供に振り回され、一人になりたいと思うのだ。
 しかし今は、家族に振り回されイライラする自分を想像すると、それもまた楽しみに思えるくらい寂しい。

 あと数週間、オレはオレのやるべきコトをやって、時間が経つのを待つしかない。



「桃士、初めてのお風呂。この1枚が今のオレの心の支え。」





2009.8.25