「ガラガラガラガラ…」、(引き戸が開く音です。キャストはお中元を持った和服姿の萬田久子。)
イヤイヤ、すっかり御無沙汰しちゃいました。こんなに長く更新しなかったのは初めてですよね。4ヶ月振りですか?…もうどこから手を付けて良いのか全く見当がつかなかったので、…久々のコラムなのに妙な入り方してしまいました。
こんなに書かなかった理由は…特に無いです。忙しかったんですよ。…ウソです。私、ウソを申し上げてしまうところでした。忙しいのは、今も昔も変わりません。そして忙しいのはオレだけじゃありません(ポイントが全くずれてますが)。
何度か「書こうかなー。」って思ったりもしたんですけどね、なんかこう…筆が進まないっちゅーか、あ、パソコンだからカタカタが進まないとでも表現すべきでしょうか。
このコラムを4年間続けてきて、大体月一回は更新するっていう、一定のペースが出来上がってきた感じがしたんですよ。それがね、…何かイヤだったんですよ。「休みたいなぁ」とか可愛く考えたワケでもなく、「止めちまいてぇ」とかカッコ良く考えたワケでもありません。
ただ、「あー、やんなきゃ…」って思うのが変だと。気ままにやるはずが、こりゃ違ってきてるぞと。自分の仕掛けた罠に自分ではまってるぞと。傷口を粗塩で揉んでるぞと。来るハズのあれが来ないぞと。
ただそれだけで御座います。
そんなある日、P.O.D. Crapper の編集長の I.S.O.から、「気が乗らないんだか何だか知りませんよ!ホームページの方は更新してないっぽいけど、Crapper には書いてもらわないと困りますよ!『子育てが忙しくて』とか通用しないっすからね!何なら今日書き終わるまで家に帰しませんよ?まぁオレは家で嫁さんと赤ちゃんが待ってるから帰りますけど。プルル、あ、電話だ。ハイ、パパだよー。」と、彼らしくない強引な取立てに遭いまして…渋々カタカタ始めたんですよ。
まぁそしたら意外とアッサリと書き上がりまして。そして「この調子で、久し振りにいつものヤツ、いっ・ちゃ・う?」となったワケです。
ちなみに Crapper は今月中に配布予定です。ヨロシク。ともだちんこ。わっしょい。I.S.O.一家に幸あれ!おめでとう!
さーて…久々なんで、ここ数ヶ月の間のコトでもツラツラっと書きますか。
「音楽家として」
ライブは結構いろんなところでやりましたよ。5月は Zepp 東京で弾き語りしたり、大阪クアトロで Razors Edge と Hawaiian6 と演ったり。あー、両方楽しかったなー。
6月って何やってたっけな?
そんで7月!「Two Fest For Love ツアー」で京都・神戸・熊谷・高崎に行って、松山の Disco Inferno と苗場の Fuji Rock Festival の2つのフェスティバルに出演しました。ちょっとフェスについて話そうかな。
Disco Inferno は以前にも書いた通り、松山のオレの弟分「アニキ」が一枚噛んでるフェスでしてね。ライブはもちろん面白かったけど、アニキを始めとしてこのフェスに関わる人々の「気持ちがキチンと在る」のが実感出来て、とにかく居心地が良くて。バックステージにいると、Air Jam 97 の時の様なアットホームさがあって。とにかく気持ち良く演らせてもらいましたよ。
それから打ち上げがまた素晴らしかったのね。海の方の感じの良いレストランを貸切で、まぁそんなロケーションのコトは置いといて、ビックリしたのは、出演したほぼ全バンドが出席してたコト!こんなのフェスでは珍しいですよ。主催者の伊賀ちゃんとアニキの人望の厚さを感じたね。そんで思わぬ連中と友達になったり。175R のショウゴとか、Ellegarden の細美とか。オレと彼らが友達になるとか、皆さんも想像付かないでしょ?イヤ、話せばイイ奴らなのよ。これもね、松山マジックですよ。
松山じゃない場所でもね、誤解を恐れずに言えば、数年前のオレだったらまず友達になれなかった様な連中と、最近は友達になれるコトが多い。いかにあの頃のオレは肩に力が入っていたか…。
そんなこんなで、規模こそそんなに大きくないけれど、出演しがいのある、凄く気持ち良いフェスでした。来年もアニキ達が開催するなら、恐らく、イヤ、9割9分…。
そんで Fuji Rock。オレ個人的にも Fuji Rock には特別な想いがありまして。何しろ99年の Hi‐Standard で出演した時が強烈で、未だに人々に「99年の Fuji、最高でした!」と言われるくらいだから、Air Jam と並んで Hi‐Standard のハイライトであるコトは疑う余地無しな感じなんですよ。その場所に7年振りに戻ったワケです。自分のバンドを引き連れて。そして妻と、99年にはオレの金玉の中にすらまだ居なかった楓太を連れて。
前日の夜、「明日ステージに出たら、やっぱ『万感の想い』に包まれるのかなぁ。」とかボンヤリ考えてたんだけど、当日はまるでそれっ気無し。メンバー皆が家族連れでね、奥様方4人に楓太にコリンの娘のジェシー、そして気心知れた Pizza のスタッフ達。「万感の想い」に包まれるどころか、ハッピーな「ファミリーのピクニック感」が楽屋を支配していまして。でもそれが今のオレの等身大の風景なんですよ。Hi‐Standard が持ってたピリピリ感はもう要らないんです。
逆にその様にリラックスしてステージに出ると、7年前には見えなかった風景が見えてくる。出せなかった自分自身や、力も発揮できる。結果的に、Ken Band で2年半ライブを重ねて、4人で掴んできたモノをちゃんと披露出来たんだと思います。
オレは…久々のコラムでいきなりこんな刺激的なコトを言うのもどうかとは思いますが…自分ん中の Hi‐Standard の幻影にサヨナラ出来ましたよ。もちろん Hi‐Standard ってバンドはいろんな意味で凄かったと思うし、大勢の人が未だに好きでいてくれるのも知ってる。ただ…時は流れてるんですよ。オレはこの7年間、「生きてきた」んです。この気持ちの作用は必然ですよ、良くも悪くも。こう感じるのを残念に思う人がいたらそれはとても申し訳ないけど、オレは正直に自分の今の気持ちを話したつもりです。
ところで Fuji Rock では、友達一人も出来ませんでした。
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「雨に煙る Fuji Rock メイン・ステージでロックする Ken Band」
8月…ライブやってないなぁ。
何だ、いろいろやったって言っても5月と7月だけじゃん!…そうお思いでしょ?実は「何やってやっけな?」ってしらばっくれた6月、ズーッとレコーディングしてました。それも Billy No Mates(以下 BNMates) で。
BNMates については以前にも触れているので御存知の方も多いとは思いますが、改めてスーパー短く紹介を。
BNMates は、Snuff のボーカル/ドラムの Duncan のソロ・プロジェクトです。Duncan はイギリス人なので、活動の拠点は当然イギリス及びヨーロッパです。しかしユニークなのが「BNMates U.K.」と「BNMates Japan」があるんです。ヨーロッパで演奏する時は U.K.と、日本では Japan とやるワケです。で、オレは Japan のギタリストなのです。
BNMates の1stアルバムは本拠地イギリスで、ほとんど Duncan 一人によってレコーディングされました。「そろそろ 2nd 創る頃かなぁ?」なんて思ってた今年の頭に Duncan からメールがあり、そこには「次のアルバムは日本で Japan のメンバーとレコーディングしたい。そして Pizza Of Death からリリースしたい。」と書いてあったワケです。最初は実現可能かどうか見えなかったけど、…何しろ Japan のメンバー、オレ含め4人それぞれバンドがあって、リハーサルの時間の確保すらかなり難しい状況に思えたんですから。
しかしね、やってみると案外なんとかなっちゃうモンですね。
デモ音源のやり取りやレコーディングとリハーサルのコーディネートをしている内に、あっという間に時間は過ぎて行き、Duncan は6月に入ってすぐ、昨年12月の Puffy とのレコーディング以来、半年振りに単身来日しました。あ、そうそう、随分前に「あるアーチストに楽曲提供して Duncan と一緒にレコーディングした」って書きましたけど、あれ Puffy の亜美ちゃんだったんですよ。彼女達の最新アルバムの「Secirity Blanket」というタイトルの、亜美ちゃんのソロ曲です。皆さんすっかり御存知とは思ったんですが、あのドラムを Duncan が叩いてると思ってもう一回聴いてみて下さい。聴こえ方が違ってくるとおもしろいじゃないですか。曲もオレ自身ビックリなほどキラー・チューンで。何が悲しくて自分のアルバムに収録されない曲でキラー・チューンなんでしょうか…。
まぁまぁ!それはさて置き、Duncan の来日以来毎日リハーサルが続いたんですが、日によって来れないメンバーは来れない、でも最低オレと Duncan は毎日居るワケですから、何もやるコトがないなんて事態には陥りませんでした。
曲はもちろん Duncan が創ってきたので、バンドでのアレンジがスタジオ・ワークのメインなんですが、日本に来てから思いついた新曲にもガンガン挑戦して行きました。オレと Duncan で1曲共作もしました。ちなみにキラー・チューンです…。何が悲しくて自分のアルバムに収録されない曲でキラーチューンなんでしょうか…。
3週間のリハーサル期間を終えて、6月下旬にレコーディングに突入。スタジオの場所が…秋葉原。空き時間に Pizza のスタッフと散策に行ったんですけどね、…まぁ何と言いますか、…嘆かわしいですな、あの街は。道で何十人ものメイドを見かけましたが、揃いも揃って全員ブ(以下割愛)。
レコーディングは快調そのもので、夜遅くなると Duncan が「ア・シ、イ・タ・イ…。」と泣き言を言ってたくらいでしょうか?バンバン録れていくんですねー。ちなみにリード・ギターは全部オレが弾きました。前回からのツアーの流れやリハーサルへの出席可能回数で自然とそういう方向になっていったんですよ。なので、オレが弾く必要が特別ない曲でマコに「ソロ、弾く?」って訊いたら、「イヤです。」って言われたので、結局全曲リードとオブリガートはオレが弾きました。
しかし何故かオレのギターがまた快調のキレキレで。何が悲しくて自分の作品じゃないレコーディングで絶好調なんでしょうか…。まぁこれはthe原爆オナニーズのレコーディングでも経験ありますが…。何曲かでミラクル・テイクが出てしまいまして。…手前味噌ながらニュアンスがキチンと出た良いリードが数曲に於いて飛び出しまして。ギタリストとして大変貴重な、また充実したレコーディングになりました。
20曲弱録ったんですが、数曲の仕上がりに Duncan が納得行かずボツになり、アルバムには16曲収録されるコトになりました。
ツラツラと出来事ばかり羅列してますが、気持ちの話などするまでもありません。晴れやかで、貴重な経験をさせてもらった感謝と興奮に溢れ、とにかくよく笑ったレコーディングでした。やっぱり笑いながらのモノ創り、最高ですね。
これも以前にも書きましたが、Duncan はオレにとって大きな影響を与えてくれたヒーローであり、そんな人から必要とされて、しかも一緒にバカ笑いしながらモノ創りが出来る、…これ以上ミュージシャンとして幸せなコトってあるんでしょうか?うーん、…まぁ幸せなコトは今後もまだまだ転がってると思いますが、今回のコトはオレのミュージシャン人生に於いて、最高レベルの幸せな出来事の内の一つとなったコトは間違いありません。
そしてもう一つ思ったのが、「Duncan って勇気あるなぁ」ってコトですね。キーボードの堀江君とも話してたんですけどね、家族をイギリスに置いて単身日本に乗り込んで、自分以外の全員が日本人という環境の中で5週間かけてソロ・アルバムを創る、…40過ぎのおじさんに勇気もへったくれもないかもしれないですけどね、逆を考えたら、オレは出来ないですよ。…仮にサン・フランシスコの友達とレコーディングするとして、その友達のオーガナイズでサン・フランシスコでアルバムを録るって考えたら…出来なくは無いですけど、やっぱりそれでも相当な勇気が必要ですよ。
とにかく Duncan は良くやったと思います。
最後にアルバムのタイトル。「C'monletmeseeyoupogo」、…ヤング・キッズには何のこっちゃ分かんないですよね?しかし昔からの Snuff ファンなら思わず納得のタイトルじゃないですか?
ある日のレコーディングの帰り道、車の中で Duncan に「アルバム・タイトルのアイデアはあんの?」って訊いたら、「うーん、まだ迷ってるんだけど…」って言いつつ教えてくれたのがコレでした。オレは大興奮して「ゲゲッ!絶対そのタイトルに決まりだよ!Duncan しかそんなタイトル付けらんないよ!ジェラシーすら感じるね!もうターリーホーフォフォフォ!」となってしまい、その晩は激しい頭痛で寝れませんでした。
ベテラン魂炸裂、の名タイトルです。
12月20日にリリースが決定しました。敢えて…「乞う御期待」!
あ、実は8月にライブ1本も演らなかったのも理由があるんですけど、コレも何が起こるか、「乞う御期待」!
お待たせ致しております DVD、まだ作業中ですが発売日が決まってしまいました。「乞う御期待」!
10月、「Like a Virgin ツアー」と銘打って、ショート・ツアーします。
12月、「The Very Best of Pizza Of Death」の発売記念ツアー、「Get On The Omnibus ツアー」で東・名・阪と仙台、博多に行きます!
「乞(…書いた方が早いんですが割愛させて頂きます。)」
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「いろいろ撮ったんですが、これは『エモ・バージョン』の Billy No Mates Japan」
「パパ君として」
早いモノで、楓太も1歳になりました。日々スクスクと巨大化しています。この一年あっという間でした。
歯が6本生えて、「そろそろ離乳食を終わっても良いかな?」なんて時期です。食欲も旺盛でムチャムチャ食べるんですが、遊び食べする日もあるので、昨日は10分で食べ終わったのに、今日は1時間くらいかけて食事をエンジョイなさる、という感じです。
もうほぼ歩行器にも乗らず、己の高速ハイハイとつたい歩きを駆使して、家中のものを破壊しまくっています。一番の餌食は Jr.Monster のCDです。
人の真似をする様になり、オレが手を挙げるとワケも分からず真似して手を挙げ、ハイタッチされて「じょうずなーーーーーー!」と褒められ、「今、何歳?」って訊きながら人差し指を立ててやるとワケも分からず人差し指を立て、「しょう(そう)なぁーーー、いっしゃい(1歳)になったんじゃがなーーーーーー!」とに勝手に喜ばれたりしてます。
相変わらずお風呂係はパパ君。水面をバチャバチャ叩いてやると真似して自分でも叩き、返り水を顔に浴びて、「楽しいけどお水が意地悪するでぇ?何で?どうして?」といった複雑そうな顔をします。体を洗われる時は、「いつかコレを広げてお空を飛ぶんじゃがなー。モモンガーーーーーーッ!」と金玉の皮をビヨーンと引っ張られます。すると希望に燃えた笑顔を浮かべます(毎回)。
予防接種も各種5回済ませ、5戦全勝。1回も泣いていません。でもたまに、調子に乗ってイタズラしてる最中に脚がガクッとなり、前のめりに転倒。机にアゴを強打して大泣きしています。なので痛点が少ないワケじゃありません。オレに似て根性があるんです。
オレに似たのか(もう笑うなら笑って下さい)音楽が好きで、CD をかけたりギターを弾くと、つかまり立ちしながら満面の笑みでジャンプしようとしたり、お尻をブンブン振ったりしてます。オレに似たのか(笑うなら笑えよ)裸芸が好きで、中でもお気に入りはチンコを股で挟んで「アレ?パパ君のチンチンどこ行っちゃった?ブラーーーン。」です。妻に似たのか(笑えません)乱暴が好きで、「普通イヤがるんじゃないの?」っていう様な手荒い扱いをすると、笑い袋の様に楽しい笑い声をあげます。その笑い声を聞いてるだけで、こっちが楽しくなります。
だいぶ人間らしくなってきました。イヤ、飽くまでも「らしく」なのです。まだまだ「バカ犬」程度です。
楓太のお陰でオレもいろんな経験をし、忘れていた気持ちを新鮮に思い出させてもらっています。
本当に真っ白なんですよ。
何でもないコトで怒って泣き、何でもないコトで喜んで笑い、何でもないモノをジーッと不思議そうに見つめ、何でもないモノで一心不乱に遊ぶんです。
そんな楓太の愛くるしい後ろ姿を見ていると、時々ワケもなく泣きそうになります。
一つ、オレの大好きな時間の話をします。
夜、眠いのに一人で上手く眠りにつけなくて泣くコトがあります。そんな夜は母親よりも腕力があるパパ君の出番です。薄暗い部屋で、ひたすら抱っこします。コレ不思議なんですけどね、心の中で「早く寝てくれよ…」なんて思って接してると、それが子供に伝わっちゃうんです。眠りにつくコトだけに限らず、何でも伝わってしまいます。子供は、大人が失ってしまった不思議な「感じ取る能力」を持ってるんです。絶対に誤魔化せません。
なので、「寝れるまでいつまーでもパパ君が抱っこしててあげるからなー」と言葉をかけつつ、背中を撫でたりトントンしたりしつつ、長い時は汗だくになりつつ30分くらいズーッと抱っこし続けます。「やりたいコトあるのになぁ」とも思いますが、考え方を変えれば、こんな風に抱っこできるのは今だけですから。その幸せに浸ってユラユラしてると、いつに間にか寝てしまいます。…パパ君冥利に尽きます。
そして安心して眠りに落ちた楓太を見て、親子の「目に見えない絆」を感じています。オレが楓太の父親であり、楓太がオレの子供である証明なんです。
しかしお母さんのおっぱいには敵いません。まぁおっぱいには張り合う気はありませんよ。男に出来るコトなんて、せいぜいこれくらいです。
最近いろんな親御さんと話をすると、「今は一瞬も目が離せない時期だねぇ。」、「あー、大変な時期だねぇ。」と言われますが、オレにとっては一時期よりも全然楽になりました。楓太は結構一人で黙々と遊んでくれるし、比較的手の掛からない良い子だと思います(四六時中付きっ切りの妻からしたら冗談じゃないと思いますが…)。
まだ自分で動ける様になる前が、一番世話するのが大変だったんじゃないかなぁ?何で泣いているのかも分からないし、…当り前なんですけどね、だって特に理由なんか無いんですから。赤ん坊は泣くモンなんです。
やはり「赤ん坊は赤ん坊」、可愛い分、ホントに可愛いのと同じ分、大変です。
赤ん坊は「幸せ」だけ持って来てくれるほど優しくないんです。「幸せ」と「試練」を同時に持って来ます。コレはどのご家庭の赤ん坊も同じだと思います。ただ、その「試練」をどう捉えるか、その捉え方一つで素晴らしい経験に転換するコトも出来ますし、その赤ん坊を殺すコトも可能です。
だからちょっとおかしな話ですが、「幼児虐待」とか「親が赤ん坊を殺害」とか、決して許されるコトではありませんが、理解出来てしまいます。そういった親は、残念ですが、自分自身が熟す機会をみすみす逃してるんです。まぁ弱者に手を上げる気質の人なんて、親になる資格なんて元々ありませんが。
まぁ世の中に「楽しいだけのコト」なんてないんですよ。
こんな風に、毎日楓太はいろんなコトを教えてくれます。
楓太が1歳になったというコトは、オレもパパ君として、やっと1歳です。
これからも一緒にいろんなコトを学び、一緒に大きくなっていきます。
親って、もしかしたら、一番ハードで、一番素敵な仕事なんじゃないでしょうか。
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「パパ君とお顔くっつけるの好きなんよなー。」
「Pizza Of Death 代表取締役、つまり社長として」
「Pizza Of Death の社長」としてオレは、2つの顔を持っている。
まず一つ目は「レーベル・プロデューサー」としての顔、二つ目に「法人の長としての顔」。この2つは役割が全く異なります。皆さんが目にしている「Pizza の社長さんとしての健」は、前者の方です。
オレ自身、「レーベル・プロデューサー」としては適正があると思っています。仲間達とあーでもない、こーでもないとアイデアをひねり出し、それを Pizza Of Death というフィルターを通し実現させる。自分の面白いと思ったコトを具体化させる。こういった能力は長けてる方だと思っています。
…が、後者の方となると、コレがどうもねぇ。
社長として今年で8年目、改めて『「法人の長」としての適正は無いな』と思う毎日です。…イヤ、やりゃぁ出来ますよ。でもね、自分の本来やりたいコト、自分の能力が最大限に発揮できる場所ではないですね。
うーん、適正どうのこうのって前に、…大会社の社長さんなら、大局を見つめ浪漫だけ追ってればイイんですけど、弊社の様な小さな会社を「零細企業」って言うんですが、零細企業の社長の役割なんざ、…精神的には雑用なんですよ。ハエ叩きと一緒なんですよ。ハエ叩きに適正もクソもないですよね。ここ数ヶ月、ハエだらけです。
きっと気楽に、好きにやってる様に皆さんの目には映ってると思いますが、オレだって月夜の晩ばかりじゃないんですよ。自分の選んだ道なんで、行くっきゃないんですが。
まぁ世の中に「楽しいだけのコト」なんてないんですよ。
…久々のコラムなのにぼやきで締めてしまいました。











