『横山健の別に危なくないコラム vol.38』



 4月は Billy No Mates のツアーにギタリストとして参加、アッという間に過ぎ去ってしまった。最近ライブのコトばかり書いてるので、あまり Billy No Mates については書くつもりはなかった。…しかしいろんなコトを感じ、経験し、笑って過ごせた貴重な時間だったので、長くなりそうだけどやっぱり書こうと思う。



「BNMates Japan。左からオレ、堀江、マコ、ユウヤ、Duncan」




「Billy No Mates」

 改めて紹介しよう。「Billy No Mates(以下 BNMates)」とは、Snuff のドラム&ボーカルの Duncan のソロ・プロジェクトだ。完全に Duncan のソロ・アルバムなのだが、敢えてソロ名義にせず、架空(?)のバンド名を付けてリリースした。実はこういったコトはたまに見られる手法で、Dashboard Confessional や Probot なんかが良い例だ(Dashboard は最近固定メンバーでやっていて、バンドっぽくなってきているが)。オレも自分自身のソロ・アルバムをリリースする時に、このポイントは凄く考えた。でもカッコ良いプロジェクト名が思い付かなかったし、後々面倒なので、オレは自分の名前を冠するコトにしたのだが…。
 しかし Duncan は妙な名前を付けたモンだ。「Billy No Mates」、即ち「友達のいないビリー」。自分が Billy というキャラクターになり切って、「独りぼっちでアルバムを創りましたので、ライブのメンバー募集」というスタンスらしい。Duncan らしい。
 人にはそれぞれのやり方や想いがあるのだ。

 去年のある日、Duncan からメールが来た。「ソロ・アルバムを創ってるんだけど、完成したらすぐに日本にツアーに行きたい。しかも日本のミュージシャンとプレイしたい。Ken、興味ある?」といった内容だ。オレはまだ音源も聴いてないし、ツアーがいつ頃になるのかも知らない。とりあえず興味がある旨を伝えると凄く喜んでくれて、「ツアーの時期は Ken に任せる。他のミュージシャンも Ken にチョイスを手伝ってもらいたい。サウンドは Snuff が好きなら多分好きになるよ。」とのコト。…これは結構責任重大じゃないか?忙しくなりそうだけど、断る理由は見当たらない。何しろ自分に大きな影響を与え続けてくれてる Duncan のバンドでギターが弾けるのだから、多少無理してでもやりたい。

 オレは早速、メンバーの人選に取り掛かった。Duncan にとってのポイントは、ズバリ「Passion(情熱)」。演奏面の技術よりも、そちらを重視したいらしい。オッケーオッケー、よーく分かりますよ。…とは言ったものの、「Duncan のバンドでベース弾けるなら死んでもイイけど、ベース歴1ヶ月」なんて Passion オンリーの人を誘うワケにも行かない。やっぱり、可能な限り、良いミュージシャンを集めなければならないワケだ。
 まず2人目のギタリストに、Snuff 大好きの Slime Ball のマコを誘った。過去に Snuff との共演経験もあるし、Duncan も「彼は良いプレーヤーだ」と評していたので、すんなり決まった。
 キーボードは、オレの世代では間違いなく No.1プレーヤー、堀江博久に頼んだ。「The Cost Of My Freedom」でキーボードを弾いてくれたのは彼だ。Duncan は彼のコトは知らなかったが、プレイや人間性を知れば絶対に喜んでくれると確信があったので、大プッシュしてほぼ独断で決めた。
 さて、問題はベースだ。Duncan からも「彼らなんかどう?」という具体的な打診が3名ほどあったが、1人目は「知り合いじゃない」、2人目は「知ってるけど忙しい様だ」、3人目は「彼は嫌いだ」と、全員断ってしまった。断った以上、自分で探さねばなるまい…。そこで、最近札幌から単身上京して来た Upper というバンドのベース&ボーカル、ユウヤが思い浮かんだ。連絡してみるとバイトまみれで少々ヘコみ気味だったので、「気分転換にやってみれば?」と誘った。オレ自身も、彼がどのくらいのプレーヤーだか正確には把握していなかったけど(少なくともベース歴1ヶ月ではない)、「Passion(情熱)」は一級品だと知っていたので、そこに賭けた。




「BNMates Japan 結成」

 さて無事にメンバーは揃った…が一向に BNMates の音源は届く気配がない。メールだけは届く。「BNMates のアルバムは最終的に12曲になりそうだ。それじゃあライブが短くなってしまうから Snuff の曲もやろう。」、そんなメールと共に記されてあったのは20曲以上の Snuff のソング・リスト…。更に前回書いた通り、オレの希望が叶い Guns 'n' Wankers(以下 GnWs)の曲も数曲リストに入っていた。…うーん、まだ聴いていない12曲に加え、20曲以上追加かぁ。オレは嬉しいけど、他のメンバーが全部覚えられるかなぁ?そう不安に駆られるには充分な曲数だった。
 「ちょっと多過ぎないかなぁ?」そうメールして数日後、今度は Sunff +GnWs で10曲程度の、随分派手にシェイプアップされたソング・リストが送られてきた。オレは一転、一抹の寂しさを覚えたが、まぁ BNMates のライブなのだから、これくらいが適当なのだろう。

 ここで Snuff、GnWs の選曲のポイントも話しておきたい。今後オレも参考に出来る話だ。
 Snuff、GnWs の曲のほとんどは Duncan によって書かれている。しかし、「あの部分だけは他のメンバーが書いた」という曲は、彼は絶対ライブでやりたがらない。オレのフェイバリット・ソング「What Kind Of Love」がリストから外れたのも、そんな理由からだ。
 バンドとは複雑なモノで、「自分が全部書いたら自分のモノ」と思っている人もいれば、「バンドの曲は誰か一人が全部書いたとしても、バンドのモノだ」と思う人もいる。それこそ捉え方は、十人十色だ。そんな中、今回 Duncan がリスト・アップした Snuff、GnWs の曲は、「自分の『線引き』で、BNMates でプレイしても良い曲」なのだろう。
 実は Ken Band の最初のツアーの「The Cost Of My Freedom ツアー」で、オレは Hi‐Standard の曲を2曲やるつもりでいた。…Hi‐Standard はセッションして曲を創り上げていくタイプのバンドなので、「誰が書いた」とハッキリ言える曲は1曲もない。しかし…言うなれば「Ken Band でやっても良いと思える、Hi‐Standard の曲」と言うのが、自分の中に存在する。飽くまでも「自分の中に」だ。
 でも結局やらなかった。何故なら、まだソロの曲がそんなに浸透していないだろうから、Hi‐Standard の曲の方が喜ばれるに決まってる。それがオレ自身悔しいだろうから、ツアー直前にセットから外した。
 でも BNMates で Snuff の曲をプレイするコトになって、Duncan の考えを知って、オレの中の頑なな部分が少しほぐれた様な気がする。まぁそうは言っても Snuff と Hi‐Standard は違うから、オレはやんないかも知れないけど。

 話を BNMates に戻そう。遂に音源が届いた。タイトルは「We Are Legion」、訳すと「オレ達は軍隊」といったところか?「友達のいないビリー」の「オレ達は軍隊」…。Duncan って…。
 興奮しながら聴いた。率直に言うと、Snuff より歌モノに近い。パンクナンバーもあるが、感触的に「ロック・アルバム」だと思う。そうなったのも分かる気がする。一人で曲を創ってレコーディングすると、そこにはバンド特有のケミストリーは、当然だが存在しない。自然とメロディー重視になって行ってしまうモノかも知れない。少なくとも、オレはそうだった。
 ギターに関しては、音がややつぶれ気味で聴き取りにくいモノの、難解な曲は特に無くアッサリと覚えられた。その代わり、コーラスの量がハンパじゃない。その部分の歌詞を全部覚えなければならないのかと思うと、結構ゾッとする。しかし黙ってたってライブの日は来るんだから、少しずつ覚えていくしかないよなぁ…。だいぶブルーになってきた。
 でも、何事もそうなんだよ。始まる前の準備期間ってどうなってしまうのか心配だし、成功するのか不安だし、時間を割くのもなかなか労力が要るし…。しかしいざ始まってしまえば…オレの場合、楽しまないワケない。その日の為に毎晩少しずつ曲を覚えてギターを弾いて歌詞を覚えて…自分の体に染み込ませていく。
 下ごしらえはいつだって何だって、地味で面倒なモンだ。



「Duncan 曰く『ターゲットと矢のコンビは最強だ』。」




「作業開始」

 そうこうしてる内に、Duncan が来日した。早速何をしたかと言うと…、 Pizza Of Death のリビングにメンバー全員集合し顔合わせ、そしてギターを手に取り、アンプもドラムも無しで練習。まるで高校生の頃に戻った様だ。こうするには実は理由があった。「We Are Legion」に収録されている曲のギタープレイは、オレ達が聴き取ったモノより全然複雑だったのだ。Duncan はオレ達に、それを完全に再現して欲しかったワケだ。バンドなら「好き勝手にやってくれ」って部分もあろう。しかし「ソロ・プロジェクトの参加メンバー」であるオレ達は、なるべく 彼の理想・ビジョンの忠実な再現を試みなければならない。正直言って、「エーッ、そんな弾き方してんの?CD じゃ全然そこまで細かく聴こえないし、こっちのやり方の方がカッコ良いんじゃ…」、そう思う部分もあったが、「まずは」、Duncan のリクエストに応えるのがオレ達の役目だ。
 そして大変だったのは、予想通りコーラスだ。レコーディングに於いても思いつくままに録られていった様で、Duncan 自身がライブでどのラインがフィットするのか、全くもって不確かなのだ。いろんなメロディー・ライン、ハーモニーを探して試した。
 その夜、Pizza Of Death の社内には、「ドンルックソーアローンッ!」だの「メイカウィーシュッ!」だの、オジさん達の調子っぱずれの奇声、イヤ、熱唱が遅くまで鳴り響いた。

 その翌日からスタジオでのリハーサルが始まった。全員、興奮と不安の色を隠せない。…こういったセッションは、1曲やればいけるかどうか分かる。ボロボロでもいけるモノは分かるし、ピシッといってる様でも何か違うとそれもすぐに分かる。メンバーのチョイスに大きく関わったオレにとっては、とても恐い瞬間だ。
 「Duncan、どの曲からやりたい?」、「アルバムの曲順通りにやっていこう」、と言うコトは…1曲目の「Bones」かぁ。昨日の練習でも最も細かくプレイを指示され、コーラスもどのラインを取るかハッキリしていない、一番厄介な曲だ。しかし厄介とは言ってもパンクロック、ガチューンとやりゃ何とかなる…と思う。
 Duncan がカウントを取り始め、バンドが一斉に入った。「よっしゃー、始まったどーっ!」的な感覚が体中を駆け巡る。その感覚はジェットコースターが走り出す時のそれに近い。誰かがミストーンを出す。誰かがコードを間違える。オレのコーラスは完全に外れてる。でも演奏は止まらない。1曲演り終えた。ヒドい出来だった。でも何故か「オッケーじゃない?」って思えた。
 それから次の曲、そのまた次の曲と、たて続けに演っていった。段々メンバーの固さもほぐれてきて、演奏に余裕とメリハリが出てくる。アッという間にリハーサル終了。覚えなきゃいけない、カッチリ決め込まないといけない課題がハッキリと見えた。オレは「このメンバーで間違ってなかった」という確信が持てたし、Duncan もエキサイトしてた。何より、楽しかった。これが確信の裏付けだ。後は時間との戦いになる。

 それから数日間、毎日休みなくスタジオに通った。日毎に演奏はタイトになっていき、コミュニケーションも良くなってきた。
 コミュニケーション…、Duncan はあまり心配していなかったが、オレは凄く気にしていたポイントだ。Duncan の英語はイギリス訛りが激しく、その上スラングがかなり混ざってる。メンバーの中で僭越ながらも通訳的な役割を担っていたオレも、恥ずかしいコトに彼の話してるコトを把握するのに相当苦心した。しかしそのバリアも時間を共有するにつれ、壊れて行った。特にベースのユウヤは全く英語が話せないにも関わらず、「若さ×(ボディー・ランゲージ+ブロークン・イングリッシュ)」を駆使して、積極的にコミュニケーションを図っていた。…心配するに及ばなかった。

 今回のツアーに併せ、Duncan は会場でだけ販売するスペシャル・ツアー CD を創ってきていた。これは Snuff では恒例だ。今回は「友達のいないビリー之助参上」なるタイトルで9曲入り。その中からインストを2曲、日本語の曲を2曲やるコトにした。Sunff、GnWs の曲も練習した。「Too Late」のイントロを弾いて Duncan のドラムが「ダガドゥ」と入った瞬間、人知れずオレはチビった。
 最終的にレパートリーは30曲弱にまでなった。

 さあ練習は終わり。後はライブで楽しむだけだ。




「東京2デイズ」

 4月20日、いよいよツアー初日を迎えた。まだ本国イギリスでもライブをしていない BNMates、正真正銘の「初ライブ」だ。まずは渋谷クアトロ2デイズ。オレはクアトロの雰囲気が好きだ。Duncan も Snuff で何度か演っている場所なので、初ライブをするにはベストの会場だろう。

 初日、お客さんもかなり入った。サポートの Beat Crusaders 人気という気がしないでもないが…。彼らも Snuff は大好きみたいで、「I Can See Clearly Now」の Snuff バージョンをプレイしてた。サポートを依頼して良かったね。
 それから今回のツアー、イギリスから Fat Cats というバンドが来日、東京と横浜でサポートをしてくれた。サウンドはパンクではなく、ホーンやピアノが入ったパブ・ロック風(?)というかスウィング・ロック風(?)というか、かなり独特だ。Duncan の友達らしく、彼を和ませるのにも一役買ってくれた。そんなこんなで、Duncan は終止リラックス。むしろ日本人プレーヤー達の方が緊張している様子だった。

 遂に BNMates の「初ライブ」の時間が来た。1曲目はツアー CD から「Oooh, Billy」、Punk 'n' Roll な感じのインストで、オープニングにはうってつけ…って言ったって誰も知らない曲じゃん!Duncan はその辺、あまり気にしない。以降の全公演、この曲が1曲目だったコトを付け加えておく。そのまま流れる様に、アルバムのオープニング・ナンバー「Bones」へ。アルバムを聴いてきた人達は喜ぶ。BNMates は良い船出をした。
 5,6曲やったところで、お客さん(多分 Hongolian か Chun2)が「Too Late 演ってー!」叫んだ。ライブ前「もしアンコールで呼ばれたら Too Late をやろう」と言ってた Duncan、ケロッとした顔で、「じゃあ今演ろっか」と言う。オレは「…イイんですか?…恐縮ですっ!」ってな感じで、あのキラーなイントロをプレイした。その時のお客さんの盛り上がり様ったら、そりゃハンパない。
 その後ライブは、もちろん BNMates のアルバムの曲を中心に、随所に Snuff や GnWs、ツアー CD の曲を挟みこんで進んで行った。GnWs の「Nervous」のイントロを弾いた時、得体の知れない感覚がオレを襲った。オレはこの曲には個人的に大きな想い入れがある。その自己満足と、遂に GnWs の曲が日本で鳴った事実に対する感激(テメエで弾いたのだが)、その2つの側面があったのだろう…。
 20曲ちょっと演って、「Slaptop」で本編を締めくくった。

 ステージを降りた Duncan の顔は、興奮と安堵が入り交ざっていた。「モア!モア!」とアンコールの声が聞こえる。Duncan はやる気満々だ。しかし BNMates の曲はほとんど全曲演ってしまった。…というワケで、アンコールは Snuff、GnWs 大会。「I Know What You Want」ではビッグ・スラムが起き、涙を禁じ得ない GnWs の名曲「Skin Deep」では Asparagus のシノッピーがダイブした。
 ダブル・アンコールにも応え、最後は「蛍の光」で初ライブを終えた。楽屋に戻り、みんなで初ライブの成功を祝い、余韻に酔いしれた。
 Duncan は自分が使ったセット・リストの裏にその日のバックステージ・パスを丁寧に貼り、「記念品だ」と言って大事そうにカバンにしまった。

 翌21日、朝起きると体のアチコチが痛い。どうやら前日のステージで年甲斐もなくハッスルし過ぎた様だ。特に首の痛みがヤバそうだ。その痛みは時間の経過と共に、頭痛へと変わっていってしまった…。
 この日は軽めのリハーサルでキーボードの堀江氏は若干暇そう。フロアに降りてプラプラしながら、オレ達が演奏するのを見ていた。そんでステージに帰って来るなり一言、「イヤー、凄くタイトになったねぇ。まるでプロみたいだよ。」、プロみたいっていうのは冗談だとしても、最初の練習を思い起こせば、ココまでバンドとしてまとまりを見せるコトなど想像も出来なかった。やるじゃん、オレ達。

 この日の曲順は前日に少し変化を加えたモノだ。「Bittersweet」をグッと前半に持ってきた。途中ユウヤのリクエストで、Snuff の「B」を演った。それから前日演らなかった唯一の BNMates の曲、「Fade」にもトライ。ギタープレイ、コーラス共に複雑なこの曲、恐らく失敗したと思う…。
 しかしオレ、頭痛がひどい。演奏中ちょっとでも頭を振ると「ガーン」と響くので、ピクリとも動けない。こうなると自分の声も響いてしまうのだが、コーラスは務め上げなければ…。
 そんなオレの分もメンバーは動きまわり、ノビノビと楽しそうに演ってる。中でも一番激しく動いていたのは、リハで暇そうだった堀江氏。…キーボード・プレーヤーでしょ?でも彼ね、何と弾きながら飛ぶんですよ。普通キーボード・プレーヤーって座って弾いてて、燃えてくると立ち上がるって感じだと思うんだけど、彼の場合は基本的に立ってて、盛り上がってくると飛んでしまう。実力もある上に熱い。曲に、バンドに完全に入り込んでる。凄い、っちゅーか気持ちが Punk なんだね。
 本編はレゲエ・セッションからなだれ込む様に「Seagulls」で終了。アンコールで「I Think We're Alone Now」をプレイ、ボーカルは最近フリーのローディーとして再出発を果たした OKB。やはりダブル・アンコールに応え、オレの頭は割れそうになった。しかし前日同様、楽しいライブが出来て満足だった。



「飛ぶキーボード・プレーヤー、堀江博久」




「BNMates・オン・ザ・ロード」

 23、24日と名古屋、大阪でライブ、会場は共にクアトロ。楽しむしかない。

 23日の朝早くに、車で東京を出発。かなり睡眠不足だったが「車の中で寝ればイイか」と思ってた。…ところが出発して1時間もしない内に Duncan とユウヤが話を始めた。ユウヤのメチャクチャな英語が耳障りでサッパリ寝れない。終いには Duncan に「あっち向いてホイ」とか教えてる。Duncan だって寝たかっただろうに…。ユウヤに「お前そんなテンション高めだけど、昨日良く寝たの?」と訊くと、「イヤ、一睡もしてません。」とキッパリ。…じゃあ少し静かにしとけよ!結局誰も寝れないまま、BNMates は名古屋入り。…ふざけんなよ、ユウヤ。
 ところで名古屋クアトロはいつもサウンド・メイクに苦しむ。音のはね返りがヒドいのだ。でもこの会場は大好きだ。何しろ93年か94年、初めて Hi‐Standard が名古屋でライブしたのはこの会場だ。お客さんは100人もいなかったけど…。
 この日は「Fade」をセットから外し、代わりに Snuff の「Rods And Mockers」を演った。アンコールでやってた「Vikings」も、セットの中盤に置いた。オレはこの頃から「Bedevere」という曲が、特別なフィーリングを持っていると気付き始めた。音源を聴いてるだけでは掴みきれない、言葉を換えると、演奏した時にだけ現れる特別さがある。凄く独特なコード進行と多くのコーラスを持つこの曲、オレは大ファンになった。マコの弾くリフを中心に進む「Memories Come, Memories Go」も良い。このバンドならではのケミストリーが発生し始めた。
 オレはユウヤにリベンジした。彼は Duncan に「チャンキー」と呼ばれている。行きの車中で「笑点」のテーマソングに乗せて、「タッタカタカタカ、チャンキー」などと口ずさんでオレ達の睡眠妨害をしたので、「今日ステージ上で、それをフルコーラスやれ」と縦社会全開な指令を出した。…そしてユウヤはやった。反応は当然ながら悪かった。ユウヤはお客さんに向かい、「分かるでしょ?オレ、このバンドで一番年下なんですよ…」とか言い訳してたけど…、ザマアねぇ、ユウヤ。
 アンコールで Snuff の「Ichola Buddha」もバシッと決め、この日も気持ち良く終えた。

 翌24日の朝、大阪に向け車で出発。昨日は誰にも邪魔されず良く眠れたので体調万全。…そしてその移動中、オレは大変なコトに気が付いた。車内で一番落ち着きがないのは、あろうコトか Duncan だったのだ!
 名古屋を出発した車内には前日の様な興奮はなく、良い感じに静まり返っていた。…するとオレの前の席に座っていた Duncan が何やらコッチを見ている。眼は完全に「イタズラっ子」のそれをしている。オレが「マッタリしてるよ」といった感じで微笑むと、つまらなさそうに前を向いてしまった。そして良く見ると…貧乏ゆすりをしてる!オレは「退屈してんの?」と声をかけた。すると堰を切ったかの様に「車に長時間乗ってると、おかしくなりそうだよ!退屈で死にそうだ!」と話し始めた。話し続ける Duncan を軽くシカトして、オレは気のない相槌を打ちつつ再び目を閉じた。すると、「ユウヤサン!チャンキー!」と言ってユウヤに会話を求めた。ユウヤは待ってましたとばかりに、それに応じる。
 その後大阪まで数時間、 Duncan とユウヤはニンジンカリカリだのサカナツリツリボリボリだの言いながら、延々話し続けた…。気分的に疲れ果てた頃、大阪クアトロに到着。リハをして一回ホテルで休めたから良かった様なモノの…。

 大阪は大入りだったし、お客さんも最高だった。早めに GnWs の「Blown Away」と Snuff の「Bob」をたて続けにやった為か、異様な興奮が会場に漂い始めた。やるコト全てが噛み合う感じがした。そうそう、今回のツアーでは Duncan とオレがメールのやり取りで創った新曲、「Sake Bomb (酒爆弾)」もプレイしている。「サケボム!サケボム!」の大合唱が大阪の夜に鳴り響いた。いつかレコーディングしたいね、Duncan…って読んでるワケねーっか。



「一張羅で決める Duncan。」




「再び東京」

 東京へ戻り、28日は横浜 Club 24でライブ。あまりお客さんは入っていなかったが、リラックスした良い感じのライブができた。

 翌29日、最終日の下北沢 Shelter。…アッという間に、もう最終日だ。おかしなモノで、もうメンバー全員がこのバンドのコトを恋しがり始めてる。
 この日はソールド・アウト・ショウだった。Comeback My Daughters がプレイし、Fat Cats がプレイし、BNMates の出番。いつも通り「Oooh, Billy」からライブはスタート。Duncan はやや緊張気味で、何とリズムを間違う。オレもエキサイトし過ぎて、今まで一度もミスしなかったフレーズでミストーンを出す。「Look At You」のイントロなど単音でビギナー向きのフレーズだが、何故かミスる。もしかしたら演奏は、今回のツアー中で一番ラフだったかも知れないなぁ。しかし、これぞ楽しんでる証ってなモンだ。
 このバンドでプレイするのは、本当に楽しい。お客さんも大盛り上がりだ。22曲も演って本編を終えた。まぁコレで帰してくれる程、今日のお客さんは甘くない。オレは知ってた…ので数日前からこの日の為に、ある曲を密かに練習し始めていた。その曲は…「Do Nothing」、The Specials の名曲だが、Snuff は2nd でこの曲をカバーしていて、ファンの間では余りにも有名だ。マコがイントロを刻み始めると、フロアから奇声にも似た歓声が起こる。オレは Duncan と声を張り上げ歌う。やり終えるとフロアから「死ねる!」と言う声が聞こえた。オレは即座に、「オレも!」と応えた。
 そこから「Skin Deep」へと繋ぎ、オレ達は再びステージを降りた。まぁコレで帰してくれる程、今日のお客さんは甘くない。オレは知ってた。もう一つのこの日の為の曲、Fat Cats のメンバーをサックスに迎えて、「Nick Northern」をプレイ。オレは10年前にこの曲を初めて聴いた時の光景を今でも覚えているが、まさか自分がプレイするコトになろうとは想像もしてなかった。
 この日のライブ前、Duncan にオレは提言した。「今日は持ち曲全部やろうよ。」 Duncan も了解したが、実際「Skin Deep」を演り終えて楽屋に戻った時、彼は床にブッ倒れてた。なので「全部は無理かなぁ?」と思っていたら、「Nick Northern」を演り終えた Duncan は「全部やろう…やるだろ?」といった感じだった。40歳、恐れ入りますよ…。
 それから「I Think We're Alone Now」、「Ichola Buddha」、「蛍の光」と、怒涛の3曲で最終日のライブを終えた。

 全部終わった…。



「BNMates rocks !」




「終えて…」

 冒頭にも書いたように、オレはいろんなコトを感じ、経験した。したくても出来ない様な、夢のようなコトを実現させた。

 えーっと、何から話そうか…。まず1つ目に、決して「同じ」と言うつもりはないが、奇しくもオレも Duncan もほぼ時期を同じくして、バンドを離れ「ソロ」活動をスタートさせた。オレの場合、リリース後に組んだメンバーが固定して、「Ken Band」としての立ち位置を確立しつつある。様々な人達の手を借り、気持ちをもらって一歩踏み出せた。
 Duncan も一歩踏み出した。今後どういった形態で活動していくのかオレには分からないが、とにかく一歩踏み出した。彼も恐かっただろう。どんな時だって新しい物事に挑戦する時は恐いモノだ。そんな瞬間を、場面を、表情を、オレは Duncan から感じ取った。
 彼の人生に於いてこれ程大事な場面で、オレは彼を手助け出来たコト、その場に居れたコトが嬉しい。

 それから…オレは以前から、「もし Hi‐Standard の活動がストップしたら、海外のバンド仲間達と音を出したい」と思っていた。もちろん Ken Band を サージと一緒にやれてるコトで、夢は実現した。オレとサージは Fat ファミリーだからさ。
 しかし Duncan のバンドでギターを弾いて、「夢物語ではなかった」いう想いは強固なモノになった。肌の色が違ったって、同じ一つの音の塊に同じように興奮できる。

 それからそれから…オレ達の年代のバンドマン達も、次のステップに挑戦する時期になってきているんだ、みんな人生の分岐点で戦ってるんだってコトを強く感じた。ズーッと1つのバンドに留まれるなら、それも良い。オレはそれが理想だった。実際に NOFX も No Use も Lagwagon も Greenday も…。しかしそれが叶わないと知った時(まだ分かんないけどね)、オレはソロを選んだ。Duncan も Snuff を解散したワケじゃないけど、別のコトに目を向けた。世界中でいろんなバンド達が解散し、もう既に音楽を離れた者もいる。その中で Duncan のソロには「オレは独りじゃないんだ」と、強く励まされた。…そう言えば先頃解散したドイツの Wizo の連中は次に何するんだろうなぁ?楽しみに待ってみよう。

 最後に、Duncan は日本を離れる前に、オレのスケジュールを確認して帰った。ってコトは…もしかしたら年内に再来日も有り得るかも?どうなるか分からない。もしかしたら折角誘われてもタイミングが合わずに参加出来ないコトだってある。っちゅーかその前にオレ、誘われなかったりしてね…。でもイイんですよ。
 今回見逃した人、…「損したね」って言っちゃおうかな?まぁオレを通じて BNMates を知った人、今後のこのバンドの動きを追って欲しい。運が良ければ次回の日本ツアー、オレもステージ上にいます…。

 今頃 Duncan は BNMates UK とイギリス各地でライブをしているコトだろう。オレは Ken Band に戻り、新曲を創りつつ、来たる「Out Of The Basement ツアー」に備える。

 よし、ここで総括。
 Punk Rock は、国籍や言葉や世代、あらゆる壁を軽々と越えて行くんだ。ロマンに溢れた現実だ。

 See you guys in the fuckin' pit!



「オレ、気分最高!(写真は本文とは関係ありません。)」





2005.5.16