ツアー、行ってまいりました。松江、岡山、小倉は「Going Down ツアー」て銘打って、Asparagus と2バンドでやりました。「Set You Free ツアー」は Ken Band と Asparagus は毎日参加、そこにいろんなバンドが日替わりで参加、といった感じで、日田、宮崎、鹿児島、長崎(佐世保じゃなかったのね、ゴメンなさいね。)、佐賀とライブしてまいりました。
さて何から話そうか、…ちょっといろいろとお話するには時間が経ち過ぎてしまったね…。もう何があったか忘れ始めてるもんなぁ。許して。もうオジサンなんで。イヤ、本当は覚えてるんだけどさ。そんな簡単に忘れるワケないじゃないですか〜。ただ、思い出して書くのが「面倒くさい」んです。コレが「オジサンの証」ね。
唯一確かに覚えているコトは、…Asparagus がカッコ良かったコト!ホントに良いバンドだねぇ、彼等は。Ken Band のメンバーもクルーも、みんな彼等の大ファンになっちゃってたね。オレのギター・テクの Tan‐Shot が最終日の佐賀での Asparagus の演奏中、お客さんに混じってフロアの前の方で巨体を揺らせてたのを発見してしまった時は、マジでどうしようかと…イヤ、Asparagus とツアーをみんな楽しんだんだなぁ、と実感して嬉しくなりましたよ。
そんなワケで写真です。オレもコレ見て思い出しますので。
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「Ken Band と Asparagus。また一緒に廻りてぇなぁ。」
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| 「やっぱ南国はエェがなぁ。」 | 「桜島じゃ。あそこに長渕がおるんかな?」 |
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「Ken Band's on the fuckin' ferry じゃがなっ!」
「2005年1月の予定」
「来年の話をすると鬼が笑う」と申しますが、人生なんて何年も先まで見据えてやってかなきゃどうにもならないでしょ?「今が大事」だというコトを疑う余地は無いのだけれど、それも刹那的なのとそうでないのとでは響きが全く違ってくるよね。大体格言とかそれめいたモノなど、良い様に捉えておけば良いのだ。最近「論語」を読んでいるが、まぁどうとでも捉えられる言い回しが多い。それでは本質を理解していないと言(ちょっと長くなりそうなので以下割愛します。)
さて来年はねぇ、まず Ken Band が「The Rags to Riches ツアー」、やりますっ!場所は東京、名古屋、大阪だけなんだけど、それぞれ2本ずつ、しかも「大バコとライブハウス」という感じでやります。で全6公演、Slime Ball を連れていきますよ。
まず名古屋、ハックフィンとダイヤモンド・ホール!次に大阪、ベイサイド・ジェニーとファンダンゴ!で一週間ほど開けて、東京はシェルターとO‐East!…楽しそうじゃないですか。
まだ一回も披露したコトのない新曲、Going Down ツアーからプレイし始めたあんな曲やこんな曲、いろいろ新しいコトをやる予定です。もう想像しただけでドキドキしちゃって、待ちきれなくなって、ウンコ漏れそうです。
そうそう、ウンコって言えばね、オレこの歳になってウンコ漏らしちゃいましたよ。まぁ実は今年2回目なんですけどね。1回目は「盲腸」の時期でね、なんとなく「これは不可抗力だよなぁ。」的なムードで流せたんだけど、今回はお酒を飲んでたワケでもなく、お腹の調子が悪かったワケでもなく、普通にもらしちゃったんですよ、ごくごく普通に。何の予感もなかったね。だからどうってワケでもないんだけどね。別に自己嫌悪に陥らないし、自信も失わない。ちょっとだけ、「歳取ったなぁ。」と感慨に(これは以下割愛ではなく、積極的にカットします。)
その「The Rags to Riches ツアー」の合間に、この前の夏同様、「Fat Wreck Chords Japan ツアー」に参加します。前回は No Use For A Name と Ken Band のカップリング・ツアーっていう形だったけど、今回はアメリカから3バンド来るので、Ken Band は1月22日の渋谷 AX と、23日の大阪 Big Cat でのライブだけ参加します。で今回のヘッドライナーは、…Lagwagon!キーッ!一緒にライブするのなんて1997年の San Francisco 以来、何と8年振りじゃがーっ!Joey、背伸びたかな?
2日とも5バンドも出演するし、オレ達の演奏時間も短いと思う。それにちょっと日程的にタイトなのよね…。しかーしっ!「やれるだけでイイ!」。
それと1月20日、オレは Ken Band とは離れて単身神戸 Chicken George に乗り込みます。何故ならっ!遂にっ!敬愛するブルース・ギタリスト、「内田勘太郎」氏のライブにゲスト出演するコトになりました!
これで日程的にはもっとタイトになってミーはフィジカル的にもマインド的にも更にハードになっちゃうワケですが、折角誘われたモノを「ツアー中なんで、次の機会に…」とかしてると、次ってないモンなんですよね。なので多少無茶してでもやるんですよ。オレは酒の席の話を、それっきり流したりはしないのよ…。あ、オレが誘ってもらったんだった。
このライブ、勘太郎兄さんが毎年出演している Chicken George 企画、「新春歌絵巻」というライブで、今年は勘太郎兄さんとパーカッションの斉藤ノブさん、それにオレ…というとんでもない3人組でやります。オレはフル参加じゃないんですけどね、…10曲くらいは一緒にやりたいなぁ。
…まぁ可愛がってもらいます。あ、ここでの「可愛がってもらう」は相撲用語です。兄弟子が後輩に稽古をつけるコトを「可愛がる」と言うらしいです。(ちなみに綺麗な女性を「金星」、八百長を頼むコトを「注射を打つ」と言うらしいです。)
神戸近郊にお住まいの方、またはお洒落に「三都物語」している方、「健がブルース?」という疑念と共に、是非 Chicken George に足を運んで下さい。みっともない…イヤ、面白いモノ見せますんで。
っちゅーかね、勘太郎兄さんのギターを一度聴いて欲しいなぁ!パンクだブルースだって関係ないモンね。一見、一聴すべしですよ。…オレ、いない方がいいかなぁ。
まあまあ!そんな感じで1月は「あーいそがしいあーいそがしい!」です。「忙しい」って言葉は使いたくないんですがね。だって全部自分で決めてるんだからさ、別に誰かにやらされてるワケじゃないんだからさ。…でもきっと「忙しい」ってこんな時にピッタリな言葉なんだなぁ。あーいそがしいあーいそが(もうイイですよね)
いろいろとやりますが、あくまでも心のフォーカスは「The Rags to Riches ツアー」に当てています。
でその「The Rags to Riches ツアー」が終わると恐らく Ken Band、「2nd アルバムの制作体制に入る」と思うので、ちょっと大きめなツアーは「これで一区切り」といった感があります。もしかしたら小さなツアーや単発のライブはするかも知れませんが。
…しばらくの間「サイナラ」かも、ですわね。
「新潟」
2月19日に BBQ CHICKENS で、Pizza Of Death Records が企画する「Punkrockers Bowl」で新潟にライブをやりに行く。サブ・タイトルを付けた。「Cheerin' Up Our Neighbors」、「お隣さんを励ます」っていう意味だ。
新潟県中越地震で被災された方々に対して、オレは何が出来るか?何をすべきか?ずーっと考えてた。分かんなかったから何もできなかった。
そりゃあパッと思いつくコトは幾つかある。実際に現地に行ってのボランティア活動。行かないなら物資または義援金を送る。
もし実際に現地に行ったとしたら、…恐らくそれが一番能動的な手助けになるハズだが、それはキビキビと動く人の場合だ。オレなどただの足手まといになるだけだ。
では物資やお金。例えばピザオブデスで物資や義援金を集めたとしても、その行き先は?被災者全員に直接「手渡し」できれば良いのだけれど、それは物理的に不可能。当然それだけの量や額も集められないし。
それならオレ個人で義援金を送るのはどうか?特別な知人もいないので、結果的に行き先は行政、または赤十字等の特殊法人になる。
まず、行政など全然信用ならない。クソだ。
仮に新潟県に義援金を送ったとしよう。その金は本当に被災者の所に届くのか?大いに疑問だが、その行き先を自分では追求できない。どうせなら正しく使って欲しいが、被災者ではなく自治体に寄付した時点で、それを追求する権利は放棄してしまっているに等しい。どう使われても文句の言い様がない。庶民なら到底利用出来ないような高級料亭での打ち合わせにオレの義援金の一部が充てられたとしても、何も言えない。もし「義援金長者」が出てきても、オレは何も不思議に思わないだろう。
「そう考えるオレ」がクソなのか?「そう考えさせる行政」がクソなのか?まぁどっちもクソです。
それから申し訳ないが、赤十字などの団体もオレ個人的には信用していない。理由は行政に対してのモノと同質だ。
行政にしても赤十字にしても、そこで尽力している方々個人は純粋なのだと信じたいが、団体となると見方を変えざるを得ない。個人は個人、団体は団体だ。
そんなワケで何もしなかったが、一つだけオレに出来るコトがあった。ライブだ。
皆さんの声が聞こえてくる…、「健なんか土嚢を積み上げる時に居られても何の役にも立たない、来るんだったらライブでもしてくれ!」
…そういうコトなのではないか?
もちろん「物資、義援金を送るコト」、これは大事なコトであり、善意の塊だ。その行動を誰もとらなかったら、新潟の復興は100%有り得ない。でもオレは自分にしか出来ないコト、もっと直接的な何かをしたい。つまり、「どうせ被災者全員に平等に接するコトが不可能なのだから、オレを必要としてくれている方々、日頃ライブに来ている方々に会いに行く」だけで良いのだ。
そして「Punkrockers Bowl in 新潟 『Cheerin' Up Our Neighbors』」の開催を決めた。そこから開催を発表するまで、もの凄いスピードで物事は動いた。様々な人の気持ちが重なり合い、ドラマチックな出来事がいっぱい起こった。その経緯はライブ・ページの「開催にあたり」を読んで欲しい。
「Cheerin' Up Our Neighbors」、この言葉に、被災者に対してのオレ達なりの独自の想いを込めた。決して「他人事」ではないという気持ち、何かするなら音を届けて励ましたいという気持ち…。
BBQ CHICKENS で練習スタジオに入り、「Cheerin' Up Our Neighbors」というタイトルの曲を作った。奇妙だが、「社会の一部になっている」実感を得た。
オレに出来るコトなんて、精々それくらいだ。
…それでイイのではないかと思う。
話は前後してしまうが、ベネフィットでもう一つ、スマッシュが企画している「HEAL NIIGATA」に Ken Band で参加する。全5公演あるが、Ken Band が出演するのは1月10日の東京 ZEPP での公演だ。
これは Punkrockers Bowl とは主旨は全く異なる。経費を抜いた利益は全て、スマッシュが Fuji Rock Festival を開催しているコトで縁のある湯沢町を通じて、「新潟県災害対策本部」に義援金として渡される。つまりお客さんが払ってくれたチケット代が義援金になる。スマッシュはライブ終了後に(すぐにではないだろうが)「決算報告書」を公表する、とのコトだ。
この出演依頼が来た時、正直迷った。何故なら、以前も書いたがオレは1999年に「チベタン・フリーダム・コンサート」に出演した。しかしその後、チベットで何が変わったか?積極的に自分で「その後」を見ようとしているか?もちろん人道的に間違ったコトをしたワケじゃないと信じているが、後が続かなかった自分に「ベネフィット」に参加するだけの「志」があるのか?一体「ベネフィット」とは自分にとって何なのか?ただの「パフォーマンス」か?…そんな不確かな気持ちがあるからだ。
自虐的だと捉えないで欲しい。ベネフィットとはそれだけの気持ちがないと出来ないモノだと、オレは経験で知っている。
「チベタン・フリーダム・コンサート」に関して言えば、Beastie Boys の Adam が始めたコトだから、彼が旗を振り続けてくれないと、運動は推進力を失う。それにバンド達の力で中国という巨大国家の政策を変えよう、という発想がそもそも現実的ではなかったのかも知れない。
…コレはオレの考え過ぎか?Adam も、そこまで考えていなかったかも知れない。ただ「世界にはこんな悲惨で信じられない様な現状がある」ってコトを、少しだけ伝えたいだけだったのかも…。そう言った見方をすれば、彼の行動も一定の成功を収めたと言える。何故ならオレはそのコンサートに参加するまで、チベットの抑圧された現状など知る術もなかったからだ。そして、今は知っている。当日会場に足を運んでくれた人々も、恐らく同じ想いであろう。
話を新潟のライブの件に戻すが、オレはスマッシュの責任者ともミーティングし、Ken Band 内でも良く話し合った。結局出演するコトにした決め手は、「何もしないよりは、する方が良い」という単純なポイントだ。
Ken Band で話し合う中で、サージが「日本に来る難民」のために寄付をしていると知った。もちろん彼はこの新潟の件に関しても、「人道的に良い」という基本的な部分を思い出させてくれて、オレの背中を押してくれた。…考え過ぎなのか、オレは?
それともう1点、ベネフィットの対象や動機が「チベット」と「新潟」では全く違うと気付いた(オレってバカね)。オレはちょっとベネフィット関連を全て同列化して考えていたフシがあるが、それは当り前だが、一つ一つ違う。
ただ今回の義援金の行き先は注意深く見守りたいと思う。まぁ自分が先に述べた理屈で言うと、もうその権利は放棄しているのだけれど…。
それから、このスマッシュが与えてくれた「考える機会」を、「Punkrockers Bowl」に活かしたつもりだ。
どうやら道は一つだけではない様だ。
「Hi‐Standard」
もう御存知の方も多いとは思いますが、先日スペースシャワーTVの15周年企画の一環で、「『Air Jam 2000』 Hi‐Standard ライブ、ノーカット版(モザイク無し)」が放送されました。それに合わせて、久し振りに3人で集まりコメントを撮って流してもらいました。
その放送後、オレのトコに寄せられる反響の凄さったら。「Hi‐Standard、いよいよ復活ですかっ?」、「難波さん、戻ってきたんですねっ!」、「新曲聴きたいですーっ!」、などなどなどなど…。
ちょっと待って、ちょっと待って!スゲェ嬉しい!皆さんに気持ちはすんごく嬉しいです!けど!…今すぐって話じゃないんですよ。
「せっかくだから3人で集まってコメントでも撮ってみない?久々におもしろくない?」ってその程度なんですよ。そりゃーもう3人で集まるのなんか何年か振りだから、オレ自身もエキサイトしましたよ?「アリャ、この光景ってハイスタじゃん!」って。でもホント、軽〜い感じでやっただけなんですよ。
ただね、オレ自身が以前このコラムで「難波は脱退している」ってアナウンスしたから、それに対する説明はしなければいけないねぇ。
…難波、帰ってきましたよ。
理由は「無い」です。
ハイスタはまた3人になったんですよ。
でも、それ即ち「活動再開」というワケじゃないんですよ。
オレが「難波脱退」を発表した時期、オレと難波で以前書いた様なやり取りがあったコトは事実です。でも…オレも難波も、もちろんツネも「ハイスタを辞めるも辞めないも無い」っていうのが本音なんだろうなぁ?いい加減…それでイイと思っているのはオレだけかも知れないけど、いい加減でイイんです。テキトーでイイんですよ、ハイスタは。
ただ「脱退」をアナウンスした責任感から「復帰」もアナウンスしているだけなんです。(「解散」はしていないから「復活」は元々ありません。)
でもあれを読んでショックを受けた方、暗い気持ちになった方へ、…「ゴメンなさいね、振り回しちゃって」。イヤ、謝るのはイヤだな…。じゃあちょっと言葉を変えて、「難波、帰ってきたよ!良かったね!」。コッチの方がシックリ来るな。オレも嬉しいモンね。
番組内でオレ言ってたけど、「時間があったら、ハイスタやりたい。」、コレはウソじゃないですよ。本当にタイミングが合えばやりたい。3人ともそう思っている(ハズ)。
しかしながら今現在は、3人ともそれぞれ別なコトに没頭しているんですよ。
オレは Ken Band。これが心の真ん中のドーンとある。
ツネと難波にもそれぞれある。例えそれが音楽ではなかろうとも、「何かに向かって生きている」コトは間違いない。Hi‐Standard は、それを曲げてまで、どこか無理してまでするべきコトじゃない。
…そうそう、オレ達「生きてる」んですよ、それぞれ。皆さんと同じ様に。「Hi‐Standard」よりも先にまず「それぞれの人生」を生き抜いていかなくちゃいけないんですよ。今はそれをしてるんです。
それから皆さんの疑問を解きます!ちょっとぶっちゃけますよ。一時期オレと難波の間には、「変な感じ」があった。必要以上にお互いを遠ざけ合ってた。簡単に言うと「仲悪かった」んですよ。何でかは知らないけど。多分キッカケはちょっとしたボタンの掛け違えの様なモンだと思うけどね。10年も一緒にモノをやってりゃ普通にあるでしょ?そんな様なごくごく日常的なモンです。「ハイスタの為に仲良くしなきゃいけない」なんて、人として変でしょ?だから「普通に振舞った」だけです。
でも今はその「変な感じ」は完全になくなりましたよ。
いろいろ聞かれたりしたけどね…「不仲説」。あながち外れちゃいない…けど「不仲」になったのは Air Jam 2000以降です。活動停止とは関係はないです。…こんなコトまで話さなくてもいっかなとも思うけどさ、皆さんいろいろ推測するでしょ?「じゃーあの Air Jam の時は、仲悪かったの?」とか。オレがお客さんの立場だったら、間違いなくそう勘違いするモンね。だから先回りですよ…。
まぁまぁ!そんな感じなんですよ。
時期が合えば、また Hi‐Standard で活動します。多分すると思う…。するんじゃないかな?まぁちょっと覚悟はしておけ。(さだまさし「関白宣言」より)
期待せずにノンビリと待っててくれたら嬉しいです。そう言っておいて明日から練習再開するかもしれませんが。



















