『横山健の別に危なくないコラム vol.68』



「事故」

 5月30日の昼頃、「Four ツアー」中の Ken Yokoyama の機材車が佐賀県内の長崎自動車上でタイヤがバーストして横転、大破した。ツアークルー5人を乗せていたが奇跡的に全員無事(一人病院に直行したが幸い怪我で済んだ)。
 
 オレ達は車で日本全国を周っている。メンバーが乗る車「メンバー車」と、ツアークルーと機材を乗せた「機材車」の2台に分乗しているのだが、今回事故を起こしたのは「機材車」の方だ。ピザオブデス所有の「ハイエース」で、日頃からメンテナンスは怠っていなかった。それにもかかわらず事故は起きた。

 その日は夜に博多でライブがあり、前日にライブをした長崎から博多に向かい移動。メンバー車は午後3時頃の会場入りを目指して長崎を出発、機材車はそれよりも2時間ほど早く博多に向けて出発していた。
 オレ達は長崎のホテルを出て高速に乗って間もなく事故の知らせを受けた。メンバー車の中は一瞬で凍りついた。事故地点に到着するまでの間、車内で事務的な言葉以外はほとんど発せられなかった。保険会社や東京に残っているピザの社員と連絡を取る FTC の声だけがやけに大きく響いた。

 事故地点に到着すると、事故車は左側に寄せられていた。もう事故処理も済んでいた。車は当然そのまま廃車、移動のための JAF を待っている状態だった。
 乗車していたのはギターテクの Tan Shot、サウンドエンジニアの梅木、照明の朝山(女性)、ピザオブデスの Abe Young、ハンドルを握っていたのは OKB の代わりに来ていたローディーのミツルだった。
 朝山が耳の後ろを切り病院に運ばれたが、他の4人は無事だった。それぞれに打撲、切り傷、ムチ打ちの気はあるものの、とにかく無事だった。しかし実際に事故車を見てると、「これでよく死者が出なかったもんだ」と思うくらい損傷していた。

 事故はタイヤのバーストにより起こった。
 まず…事故地点よりも数キロ戻ったところで、右後輪がバーストした。機材車はなんとか次のサービスエリアまで持ちこたえた。自分達でスペアタイヤと交換し再出発した途端、今度は左後輪がバーストして機材車は横転した。
 Tan Shot の話によると、横転して半回転した格好、つまり天井を下にした状態で数10メートル滑り、中央分離帯に激突してまた半回転、正常な位置に戻って止まったらしい。エンジンはとまってしまったがかけてみたらまだかかったらしく、なんとか自力で道路脇に寄せたという。
 ちょっと後方の中央分離帯に目をやると、付きたてほやほやの生々しい「激突痕」が残っていた。そして道路上には車体が飛び散った破片、様々な液体がおびただしく広がっていた。
 事故車は…フロントとリアのガラスは全て割れて、車体、特に Tan Shot が乗っていた助手席の上は大きくつぶれていた。天井は逆さになった時に擦ったらしく、数箇所に穴が開いていた。
 車が一回転して止まった時、Abe Young のヒザの上には、足元に置いてあったはずのハードケースに入ったアンプのヘッドが乗っかっていたらしい。つまり、かなり重量のあるアンプが宙に浮いたのだ。これが何かの拍子で誰かの頭にでも当たっていたらと…考えるだけでも怖い。
 病院に搬送された朝山以外の4人、特にツアー経験豊富で年長者でもある Tan Shot と梅木は心配をかけまいとして明るく振る舞っていた。Tan Shot は車が一回転したコトを「クルリンパ、したよ。もうなんも怖くねぇ。」と自虐的に言った。
 事故直後の車内で全員の無事を確認した梅木は開口一番「よし、今日の博多でのライブ、やるぞ!」と言ったらしい。



「事故を起こした機材車。フロントガラスはなくなっている。」



「車体の右後方部が事故の衝撃を物語る。ガラスは跡形も無いが布団をかませていたので機材の散乱を防げた。」


 JAF が到着して事故車を持って行った。みんなメンバー車に乗り込んで後を追った。近くのインターで高速を降り待機。知らせを受けたイベンターの人達も博多から合流した。
 その後事故車が持ち込まれたディーラーの駐車場で、新たに調達したレンタカーに機材を移しながら目視で機材チェック。これも奇跡的なコトに、ほぼ全ての機材が無傷だった(唯一ガンちゃんのキックドラムが破損したが、後日修理可能と判明)。アンプ類なんかは実際に電気を通さないと使えるかどうかはわからないが、とりあえず見た目は全て破損はなかった。病院に搬送された朝山も戻ってきた。耳の後ろを8針縫って若干の打撲とムチ打ちがあり痛々しかったが、すぐに仕事はやるという。

 オレ達は予定よりも大幅に遅れて会場の博多 Logos に到着、すでに会場の正面は開場を待つ人達でごった返していた。すぐに機材搬入を開始、リハーサルの準備にとりかかった。
 オレは考えた。さっき起こった大事故を、絶対に今日のお客さんに知られたくない。知ったらお客さんは絶対に心配するだろう。普通にライブを楽しむ空気じゃなくなる。そんなの、他の土地でのライブと同じ様に楽しみにしてくれている博多のお客さんに対して、絶対にフェアーじゃない。
 ツアークルー全員に緘口令を敷いた。楽屋に入ってパソコンを繋ぎ Twitter にログインしてみた。するとそこには「さっき高速を通ってきたら、ボロボロになったピザオブデスの車が JAF に運ばれてるのを見たんですが…ダイジョウブですか?」という書き込みがあった。やはり見ている人はいた。オレも Twitter のヘビーユーザーだし、恐らく表で待ってくれているお客さんの中にも Twitter をチラチラ見ながら開場待ちしている人も多数いるだろう。目撃した方には悪いが…早速「捨ててきました」と軽口で消火した。
 リハーサルを開始して1曲演ると、エンジニアの梅木がステージに上がってきて「音出せるって…いいよね」と言って涙ぐんだ。当たり前だ。たった数時間前に車でデングリ返ししてきた連中だ。オレは絶対にハンパじゃないライブにするんだ、と心に誓った。

 この晩の博多でのライブ、素晴らしい出来になったと思う。バンドと観衆のケミストリーが巨大な渦になった。オレは「演奏がどうだった」だの「あれがどう」だの、一切覚えてない。ツアークルーの想いを背中に感じて、それ以外はお客さんしか見てなかった。ストリップも披露した。怪我を負った朝山が、首を動かせないながらも、体を揺すってノリながらオレに照明を当ててくれてたらしい。何度もアンコールに応え…恐らく2時間以上は演奏した。
 ライブが終わり、ツアークルーもそれぞれ体が痛み始めたようだった。しかしみんな笑顔だった。異口同音に「今日やれて本当によかった」と言った。
 それと同時に、数時間前に起こった事故をリアルに感じ始めている様子もあった。今度はオレ達メンバー車に乗ってた連中が明るく振る舞う番だ。

 翌日、熊本でみんなでメシを食いに行った。生きてる喜び…なんて言ったらちょっと大袈裟かもしれないが、そういった感触をみんなで確かめつつ、なぜか熊本でお好み焼きを食べた。みんなでバカ話をして大騒ぎした。本当に楽しかった。

 なんで今更この話をこんな形で公表するかというと…いかにオレ達が「プロ集団」であるか、それを知ってもらいたかった。ツアー中にどんなコトがあって、どんな気持ちを抱えてロックして周っているかを知ってもらいたかった。
 誰かにとってはただの騒音だろう。ギターぶら下げてギャーギャーいってるだけのものかもしれない。しかし誰かにとってはその人の人生が変わってしまうほど大切なものだ。生き抜くために必要代物だ。
 オレ達バンドとツアークルーにとってもそれぞれの人生を生き抜くために絶対に必要なもの、それがオレ達の音楽であり、オレ達のツアーだ。家族がいる者はそれで家族も養っている。伊達や酔狂じゃない。だれか死んだらそりゃさすがに公演は中止になってしまうかもしれないが…選択の余地があるうちは、オレ達は絶対に「演る」方を選ぶ。
 
 それから全国を周っているバンド達に、今一度「安全確認」を喚起したい。ツアー中の事故は最近もちらほら耳にする。オレだってまさかこんなコトが自分のツアーに降りかかるとは思っていなかった。
 全バンド、くれぐれも安全運転を心がけて欲しい。オレ達ももう一度、安全なツアーを考え直す。
 
 ロックだなんだって、まず命あってのモンだ。
 死んでしまったら、届けたい声も届けられない。




「楓太&桃士通信」

 桃士が1歳になった。本当に1年たつのは早いもんだが…振り返ってみるとやはりそれなりに闘いの1年だったとの実感もある。最近子どもがいる友人ともよく話すのだが、「人の子の成長は早い」のだ。

 桃士は歯も数本生え食欲旺盛、よく太っている。長時間ダッコしているとこっちが体を痛めるほど重たい。
 まだ歩きはしないものの、楓太がそうだったように、歩行器であらゆる物を破壊して進んでいく。オレが帰ってくるとスーッと歩行器を操縦して玄関に参上して、「ただいま」と言うとニッコリと極上の笑顔を見せてくれる。そして家の奥からは楓太の「お帰りーーーっ!」という元気な声が届く。

 楓太も年中さんからではあるが、今年から幼稚園に通い始めた。毎日いろんなコトを吸収して帰ってきては、変なコトをいろいろと教えてくれる。オレが Dead At BAY Area をやる頃にはもう5歳になっている。

 子ども達二人はしっかりと兄弟していて、もうすでに「兄弟喧嘩」も始まっている。オモチャの取り合いなんかしてると桃士が「ピキーーッ!」と子豚みたいな鳴き声をあげたりして、実に微笑ましい。しかし4歳離れているので、楓太は基本的には弟を可愛がるスタンスらしい。オレがやるのを真似して「かわいいね!」なんて言いながら頭をなでたりチューしたりするが、たまにやり過ぎて嫌がられたりしている。桃士も楓太が大好きで、よく楓太の変顔を見せられ笑い袋みたいな声で爆笑している。

 先日、楓太と桃士を注射に連れて行った。赤ん坊の頃は全然平気だったのに、今は注射が大の苦手の楓太が先発。もちろん「痛い!」といって大泣きした。次は妻が抱える桃士の番。オレは泣きじゃくる楓太を抱えて、席を妻と桃士に渡した。
 オレにしがみつきながら泣きまくる楓太、よせばいいのに桃士が注射されるのを見ようとする。桃士の腕に針が入った瞬間、桃士も泣いた。それを見て、楓太はさらに大声で泣いた。
 オレはそれを見て、なんだかわかんないけど、グッときた。
 こいつらは「兄弟」であり「家族」なんだ、とはっきり見えた気がした。

 楓太と桃士がどんな兄弟になっていくのか、もちろん今はわからない。そんなに必要とし合わない兄弟になる可能性だってある。
 まぁそれはそれで良い。
 彼らには彼らにしかわからない絆が間違いなくあるのだ。




「ガンちゃん」

 6月13日、渋谷の O‐East で行われた「The Very Best Of Pizza Of Death U」の発売記念ライブに Ken Band も出たのだが、ドラムのガンちゃんがその日のステージ上で突如脱退した。
 その場にいた謎のマスクマン「イシダーマン」がそのまま Ken Band に電撃加入した。

 これを Ken Yokoyama としての公式なアナウンスとさせていただく。




2010.6.19