The原爆オナニーズ EDDIE の「ベースバカ一代」
旧友ラリーからのリレーコラムの依頼がきて、正直うれしい気分で引き受けてしまいました。今や名ギターリストとなったラリーも昔はベースも弾いていて、26年以上前に僕が在籍していたスタークラブ時代のベースを聴いていてくれたらしい。その話を20年ぐらい前にライブ後の打ち上げでラリーが言っていたような記憶がある。長くバンドをやっているといろいろなところで繋がりがあってうれしいね。
ぼくは名古屋生まれの名古屋育ち。東京と大阪に挟まれ、昔は大いなる田舎とからかわれた日本第3の都市だがや。中2のころ同級生が先にエレキギターを買ったもんで、成り行きでぼくがベースをやることになったんだわ。当時ベースはバンドの中でも目立たんイメージだったけど、グランド・ファンク・レイルロードのメル・サッチャー、クリームのジャック・ブルースといったギターリストにも引けを取らないどえりゃーベーシストの存在を知り、やる気になったんだわ。仲間と毎日のように近所の楽器店に入り浸り、当時は楽器店にもレコードが置いてあったもんで、最新のロックを毎日聞くこともできたんだがや。月のお小遣いはLPレコード一枚買ったらなくなっちゃうんだわ。最初に買ったベースはグレコのSGタイプ、たしか3万円前後のやつ。ジャック・ブルースが使っとったタイプでワインレッドの安物。それにフェンダーのテレキャスベースのピックアップを付けて改造したけど、いい音はしんかったにゃー。ほんで高二の時にアルバイトをしてリッケンバッカー4000シリーズの1マイクタイプを買った。ポール・マッカートニーが使っとったメイプルボディーの1マイク仕様のだわ。当時高校生で本物のリッケンなんぞ持っとる奴はおらんかったもんで周りでは結構注目されたんだに。へたくそのくせに生意気だにゃー。未だに愛用しとるベース、ギブソンSB450も高三の時バイトして購入した。リッケンはお金に困って売ってまった。今となっては後悔しとる。どこかで1マイク仕様のやつを見つけたら買い戻したいにゃーぁ。
ぼくの好きなベーシストNo.1は、フリーのアンディ・フレイザーで、彼の個性的なフレーズと独特のリズム感に夢中になった。音を聞けば彼だとわかる究極のベースで、たまにわざと音を外すところが超かっこいいでいかんわ。ぼくもレコーディングやライブで、たまにわざと音を外したりして楽しんどるけどわかるかにゃーぁ。わかんないだろうにゃーぁ。またソウルトレインという当時めずらしかったテレビの洋楽番組で見たラリー・グラハムのチョッパーには度肝を抜かれた。絶対にまねできんと思ったから、未だにチョッパーはできんにゃー。最後にザ・フーの故ジョン・エントウィッスルも大好きだった。個性豊かなバカテクベーシストで、今では当たり前となっとるスイング弦は、彼が考案しロトサウンド社が開発したものだ。彼のおかげでモコモコしとったベースの音がビンビンになった。最初のころの弦のパッケージは彼の顔写真入りだったのを覚えとる。
いいベーシストはライブアルバムを聴けばわかるんだがや。GFR70年のライブ、フリーのライブ、クリームのライブ盤は最高だに。BBAのライブもすげーけど、個人的に名手ティム・ボガードのベースは上手すぎて馴染めないにゃー。原爆もちょーしづいて3枚もライブ盤を出しとるけど、ピザのファイブライブが一番のお気に入り。良かったら聴いてみてちょ。※ほんじゃぁ疲れたのでこの辺で名古屋弁をやめとくわ。
楽器店は学生街にあったから大学等でバンドをやっている人達も沢山やってくるので、いろいろなことを教わってかわいがってもらっていた。そのころハードロックバンドのベースをやっていたミック(現スタークラブマネージャー)とも知り合ったんだがや。そんな温室のようなロック環境の中で高三の時にCBGBライブのレコードを手に入れ、初めてパンクロックを聞いた。最初はあまりピンと来なかったけど、ある日モダン・ラバーズやラモーンズを聞いたときにテクニックがなくてもかっこいいバンドができるのだとピーンと来た。でもパンクはへたくそのままでいいなんてとんでもない。向上心がないバンドはつまんないって後で気づいたけどね。
高校を卒業するころミックから「かっこいい奴がいるから、パンクバンドを組まないか?」と弟のヒカゲを紹介された。自称名古屋初のパンクロックバンド「スタークラブ」の誕生である。本気でロックで飯を食おうとしている奴と初めてバンドを組んだ。当時ロックで成功するのは夢のまた夢。仮にプロになっても悲惨になった奴らの噂をいやほど聞いていた。正直僕自身はプロになりたいとは夢にも思わなかった。
パンクバンドを始めたことで、周りにいた今までのロック仲間達からは、散々バカにされた。一時的な色物と思われていたのだ。週刊プレイボーイ等のパンク特集などの影響で、パンク=チンピラのイメージがあり、メンバーも固定できず、ただでさえ少ないライブハウスも「パンクお断り」の店が多く、パンクバンドが活動するには困難な時代だった。
そんな中、名古屋今池の芸音劇場に東京ロッカーズがやってきた。中でも初めてライブで体験するフリクションに大きな衝撃を受けた。今まで聞いたことのないリズムとフレーズの組み合わせとクールなステージング。ライブ会場の空間が本当に歪んでみえた。日本人でもこんな凄いバンドができるなんて、パンクロックを本当の意味でまた好きになった。後にリリースしたスタークラブの自主制作セカンドミニLP「クラブテイクワン」は、ぼくのベースプレイがフリクションに触発された作品となっている。興味があったら聴いてみてくださいね。
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