GARLICBOYS Larry の
「 受け皿としてのカゴ。そして前へ進むという事。」

ベランダから見えるプリン山を囲む緑が目に眩しい。そんな五月のとある日。TAKA君からの紹介でコラムのコーナーに何かしらの文を書いてもらいたいと PIZZA OF DEATHのKTR君から電話があった。しばしのやり取りの後、洗濯物をカゴに取り込みながら私は深く考えずに電話を切った。

よくよく考えてみれば、バンドの活動は8月6日にCDの発売を控え、ここのところスタジオでのリハがメインで、ライブが少ない状況の今は話題も停滞気味ではあるし、日常的にも日々ただただ黙々と人生にヤスリをかけている状態で面白いことが書けるのかというというと、まえだまえだ、甚だ自信が無くなってくる次第。てな訳で何のネタもなくリレーコラムというものを引き受けてしまったのだったのだ。

とにかく何かを書き始めないと進まない。そんなわけで、他のフリーペーパーで書かせていただいたのだが、先日近所の公園の観覧車に閉じ込められたという話。そんな話。
私は高所恐怖症である。
幼いころの記憶を辿っていくと小学校低学年の時にPLランドの乗り物の中で泣き叫んだ記憶があるので、それ以来の高所恐怖症ということになる。
ナチュラルボーンとまではいわずとも、とにもかくにもいかにもすみにも長い付き合いだということだ。
四月の某日曜日、家族で近所の公園に行ったのだがそこで小学二年の息子にせがまれて観覧車に乗ることになった。親の見栄なのか、何の根拠もなく自分はもう高所恐怖症を克服したと思い込んでいたのか、すんなりと観覧車に乗ることを了承してしまったのだった。

しかしながら乗り込んだとたんに克服したと思っていた高所恐怖症はとてつもない大きさで心の中に巣くっていたことが判明した。泡のように湧きあがる恐怖心が体の中心線を駆け上がる。

軋むベッドの上で優しさを持ち寄ったのは尾崎豊だったが、軋むカゴの中で路傍の道祖神のように固まっている私。ハウメニーいい顔。

カゴを抜けていく風の音。カゴの軋む音。

エクソシストのチューブラーベルズより怖い。

時間との戦い。鼻歌を歌っている息子。

下界が騒がしい。耳をすませば「止まってるど」「あかん、あかん。逆回転や」おっさんの声が聞こえる。心のエフェクトがリバーブをかける。
泡のように湧きあがる恐怖心は一気に急速冷凍。魔人藤村をも苦しめた南極アイスのようにそれは凍りついた。
観覧車のカゴは軌道のてっぺんで止まった。正直に言うとてっぺんだと思うという言い方になる。なぜなら乗り込んで座席に腰を下ろしてからは、目をつぶったままだったので、感じるのは恐怖心をそそる振動と風の音そして経過する時間だけ、ただそれだけだった。
とにかくカゴは宙に浮いているわけだし逃げるに逃げられないわけで形的には閉じ込められたというわけだ。
最終的にはにっちもさっちもいかなくなったカゴは逆回転でスタート地点に戻った。
あれだけの恐怖に耐えたのに後退したとは。

マラソン競技中便意を催し、用を足しにコースアウトしたフランク・ショーター選手も、熱中症で倒れそうになりながらマラソンを続けたあのガブリエラ・アンデルセン選手も前に進んで行ったのではなかったか。
それなのにそれなのに。この私は。
カゴは目をつぶっていても思いもよらない高みにも連れて行ってくれるが所詮は人のさじ加減。
まえだまえだです。

次は、原爆のエディー兄さんお願いします。

GARLICBOYS Larry

2008.6.20
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