【PUNKS】

僕がPUNKに出会ったのは小学5年の時、兄ちゃんが布袋寅泰DJのFMラジオをよく聞いてて、たまたま流れていたのがRAMONESの ROCK'NROLL RADIOで兵庫県の、ド田舎でおませな小学5年のアンテナにひっかかりました。で、かあちゃんと買い物に行った時、CDデッキも、レコードプレイヤーも、もってなかったんで、カセットテープを買ってくれとせがみ、初めて買ったのが”ラモーンズの激情”のテープでした。でも、RADIOが入ってなくて、 RADIOが入ってるテープを探し、今になって思えばそれがレコ屋さん巡りの初体験でした。それから中学になって野球部を引退してすぐに、先輩から「OI PUNKやるからお前ボーカル」って、丸坊主だけの理由で強引にBANDに入れられそこでもらったテープにはLAGHIN'NOSE・COBRA・ RYDERS・KENJI&TRIPS・POGOなんかが入ってて、そのテープもダビングのダビングでめっちゃ音悪いしなんて歌詞かも聞き取りにくくでも、興奮しながら必死で聞きまくった。で、大阪に出て来て出会った1枚が "LAST OF SUNNY DAY"”何だこりゃ!”RAMONES以上の衝撃だった。

その頃から手にするPUNKの幅も、ほんのちょぴり広がって何気に手にした1枚それが THRASH EM' ALL" そう、RAZORS EDGEでした。”ドウナッテンノコレ”ぶっとびました。
当時、浪速南の聖地BEARSというLIVE HOUSEでPUNKSのお兄さんにビールを投げられながら、LIVEをしていた僕は”PUNKって大変やなー”って思ってました。それがこの1枚で僕の今までのPUNKが変わった瞬間で、僕なりのPUNKの好きな”疾走感” "POP" "激しさ”がぶっちぎり、ふりきってました!”やっぱりPUNK最高だー!”すごく勇気をもらった。で、RAZORSのLIVEにも行くようになり、自分の音を聞いてもらいたくてKENJI RAZORS に音源を渡したり(そういやKENさんにも渡してその事覚えててくれて、泣きそうになったなー)あの頃の僕は、完全KID'Sやったなー。今、もう1つやってるBURLってバンドのジャケットワークをKENJIさんにやってもらったり、完全僕のヒーローなんすよー実は。めっちゃ気持ち悪いでしょ。

約20年間、PUNK ROCKと世間から呼ばれる音源やBANDを体験してるけど”これPUNKちゃうやん”って思うものもあれば、思わぬ日常で”こいつPUNKやなー”と思ったりする事がある。”あんたにとってのPUNKってなに?”って聞かれるとうまく言えないし、そんな事他人に言う必要のない事やと思う。でも僕の中には、僕なりのPUNKの価値観がしっかりあってこの先もずっとPUNKSでいたいと強く思う今日この頃です。

改めて PUNK最高ー!!!!!!!!!!!!?!!!!!!!!!!!

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