「三代目 彫よし氏 インタビュー」

健 (以下K) : 先生、最近お体の加減はいかがですか?

彫よし氏 (以下H): 良くもなく…悪くはあり(笑)。そんなモンよ。それが人生だからしょうがない。悪いことばっかも困るけど、良いことばっかないんだよ。歳とってくれば、悪いことの方が多いんだよ。せめて…悪いことが少なくなるような毎日を送ってるだけだね。良いことがあればとは、思わない。悪いことがないように(笑)。やっぱり受け身になってくるんだよ、歳とってくると。人間である以上みんなそうなんだよ。生き物もそうだしさ。「麒麟も老いては駑馬(どば)の如し」って言うじゃん。いくら若い時凄いっていったってさ、全てが受け身になってくるんだよ。受け身になるってことは、世の中の事分かってくるってことなんだよ。何が無駄なのか、そんなことやったってしょうがないとか、…受け身体制になるんだよ、自然と。

K : 欲が無くなってくるっちゅーか…、

H : それとは違うんだよ。欲が無くなるのと受け身っちゅーのはちょっと違うんだよ。

K : …どういうことなんすかねぇ?

H : …うーん。(しばし沈黙) やって無駄になることが分かるんだよ。若い時はそういうのが分かんないけど、歳とると、やる前におおよその答えが見えるんだよ。例えば人間の対話でもさ、こう言えばこう相手から返ってきて、ってことは相手はこう考えてるんだから、こっちはこう考えよう、ってなんの。先、先を読むようになってくる。それが結局は…本当は受け身じゃないんだけどね、考えの中では。結果的に受け身で考えてる。そうやって先を読むと、「馬鹿らしさ」があるんだよ、必ず。これはちょっとねぇ、歳とってこないと分かんないかもな、言葉で言っても。

K : 先生は、日本伝統刺青で一番有名な彫師になろうと志してやってらっしゃったワケですよね?

H : うん。

K : それは、今のお話と絡めて考えると…。

H : 逆でしょ?だからそれは若さだったんだよ。若さがあったからそういう気持ちになる。一つ間違えば「無謀」だよ。

K : でもそれを世間では「夢」とも言いますよね?

H : うん。夢にはある程度「無謀さ」がないと。冒険だからね。「絶対出来る」ってことばかりが夢じゃない。出来ないことを追いかけるのも、夢だよ。実現するっていうのは、やっぱ男の浪漫だからさ。

K : そこはご自身、達せられたと思いますか?

H : いや、オレは思わないね。やればやるほど、自分の未熟さに気が付くし。物を創るって仕事は何でもそうだけど、分かれば分かるほど難しくなるんだよ。素人のうちは…音楽の人もそうだと思うんだけどさ、「これでいいだろ」っていう自惚れが、自信と間違えて自惚れになる。そんで壁を越えてプロの世界に入ると本当の難しさが分かってきて、それを追求すればするほど難しくなってきて、結局出口がなくなっちゃう。若い時から死ぬまで苦労し続けるんだよ。

K : 例えば、始めた時は競争相手がいたり、対象があったりするじゃないですか。「あいつみたいになりたい」とか、「あいつと張り合いたい」とか。それが本当のプロになっていくと、その相手が自分自身になっていく感覚ありますよね。

H : みんな同じだよね。それが、みんな簡単に使っているけど、「修行」ってことだから。修行っていうのは自分との闘いだからさ。自分に満足しないから修行するんでしょ。何故満足しないかっちゅーと、完成度が低いからなんだよ。完成度っていうのは、100パーセントが無いんだよ。最高まで行って90何パーセントくらいでしょ。それで最後の何パーセントまでをも追求しようとして、出来なくて、みんな死ぬのよ。常に、一つのものを達成すると次のものが待ってっから、それに対する完成を求める。次が見つからないようじゃ修行してないんだよ。上達もないしさ。

K : 満足してしまったら成長は無いですからねぇ…。

H : これは物を創る人じゃなくても、哲学的にも全てそうなんだよ。

K : そういった部分が、前から先生といろいろお話させていただいていて、すごくユニークで、人生の核でもあると思うんですね。以前、「そういった部分は、海外に出るようになって獲得された価値観なんでしょうか?」と伺った時に、「いや、オレは針から全部教わった」とおっしゃったじゃないですか。そこのところをもうちょっとお話ししていただきたいのですが。すごくあの一言が響きまして。「職人さんだな…」と思わされたんです。

H : オレの場合は「刺青」って仕事があるけどさ、まず針を粗末にしたら仕事出来ないよね。そのためには良い道具を使わなきゃ駄目でしょ?良い針を作って、良い墨を使って、全てが良い材料で、そして下絵も良い。そこまでしたら何やるかっていうと、やっぱり「手を抜かない」ってことだよね。一針を大事にする。一針を粗末にすると、全てを粗末にすることになる。人生だと、一分一秒が一針となるんだよ。ひとっ彫りを一日とするでしょ。一秒に針一回と考えると、その一秒に一回しか打たない針を粗末にすると、一日を台無しにしたことと同じだからね。…刺青からは人生習ったよ。学び取ろうという気持ちがあれば、どんなものからでも学べるんだよ。この前オレ耳鼻科行って待ってる間に、加湿器からズーツと湯気が出てる、それ見ててさ。「あー、色即是空、空即是色、これもまたありだよな」と思って。水が蒸気になって消えてっちゃうでしょ?無くなるよね?でもそれは元々水の塊だから。その蒸気が冷えて戻ったら、また水になる。それは正に「色即是空」だな。…そんな様に、ものを見る角度によって、世の中にあるもの全て勉強の材料になる。坊主の禅陀とかって世界はさ、そういうところなんじゃないの?蛙が池飛び込んで、とかさ。常にそういう気持ちを研ぎ澄ましていないと、そういう場面に出くわしても悟れないよね。だから坊主の悟りの瞬間ってーのはとんでもない時なんだよ。

K : …先生が時々すごく元気がなくて、全く希望のないことをおっしゃる時があるんですよ。でもやっぱりこうやって改めてお話を聞くと、まだまだ感性が研ぎ澄まされてるし。

H : 希望がないっていうか、必要以上に願を持たないからね。若い時は例えばね、「これからヨーロッパを全部制覇して」とかいろいろ考えられるし。肉体と自分の考えは一致しないよね。足並み揃えてくれないから。だったらどっかで自分の満足度っちゅーのを削らないとね。

K : 皮肉なものですよね。ボクも海外に出たりしたんですが、20代のすごく元気良くて体力ある時、まだワケ分かってなかったんですよ。

H : それが人生ってもんだよ。そういうもんだよ。

K : …そうですね。今、40を前にして、いろんなことが見えてきて。でももう体力が追いつかなくなってたりするんですよね。

H : そういう時に今度は違う方に頭がまわる様になってるんだよ。まわらない様な考え方してたんじゃ、そこで終わりだよ。年寄りには年寄りの役割があって、若い者には若い者の役割があんだよ、ちゃんと。そこを理解しないと…いつまでも若くちゃいけないし、かと言って若いのに年寄りぶったこと言っても馬鹿にされるしさ。やっぱそこは歳相応ってものがあってさ。

K : ボク…世間で言う「歳相応」と、先生の言う「歳相応」って、全然違う気がするんですよ。同じ言葉でも内包される意味が違うと思うんですよね。

H : …それはどうなんだろうね。ただハッキリ言えることは、死ぬまでだけが人生だね。生まれる時は歴史がない。これから始まるワケだから。死ぬ時っていうのは、今までの歴史を全て捨て去っていくワケだから。だから、死こそ最高の意味があるんだよ。だからオレは死ぬことに対して、非常にこう…期待というかさ、そういうのを持ってるよ、オレ。死ぬことは怖くない。むしろ、嬉しいかな。だからもう句を作ってあるんだよ。暇見て掛け軸にして、葬式で枕元にぶら下げてもらおうと思って(笑)。

K : へぇー。

H : 「待つ人に 会う楽しみが 今日の旅立ち」ってやつとね。

K : あー、いいですね。

H : 「(聞き取りづらい)我が身は もぬけとなりて 残りとも 我は煙りとなりて 消え行く」。

K : …それ、載っけてもいいんですか?それは…その日まで大事にしてとっておいた方が、もしかしたら良いかもしれないですよね?

H : でも、またそのうち変わるだろうから。もうちょっと良いのが出来るかもしれないし。

K : (しばし沈黙)…刺青って、一体何なんでしょうかね?

H : 刺青?…刺青ってワケが分からないね。

K : 先生からお答えすることはない、と?

H : いや、見た通りでしかないし、それに理屈を付けたところでなんにもならないよ。屁理屈をよく付けてさ、…前はもう「人生そのものだ」って言ってたけど、それはもう…当たり前のことであって。

K : 言うまでもない事ですね…。

H : それを外して「刺青とは何でしょうか?」っていったら、人間の風俗の一つと言うしかなくて、…それ以外ないね。そういうのに屁理屈つけると、「何故彫るのか?」ってなってくる。ハッキリ言って、刺青というものは存在してるけど、何だか分かんないもんなんだよ。「何でしょう?」って言われたら、肌に傷つけて色素を注入する行為でしかない(笑)。だから、理屈は何でも付くよね。部族のシンボルだとか、勇気の象徴だとかさ。いろいろあるけど…それは全部のうちの一部分でしかならなくてさ。「刺青とは?」という問いの答えにはならない。刺青の中の、そういう要素もありますよ、ってだけで。刺青の全てに対して共通して言えることじゃない。痛い思いしてよくやるよなってだけで…。

K : (笑)

H : じゃあ勇気を示すって、かわいい女の子が刺青をファッションで入れててもさ、それが勇気を示す行為かっちゅーと違うっしょ?だから、刺青とは何かって言われたって、答えられないよ。…何でそういう疑問を持つのか、って逆に聞きたいよ。

K : それはやっぱり、彫師として第一人者の先生がどう答えるのかな、って興味があっただけです。例えばボクは音楽やってますけど、「音楽って何ですか?」って聞かれたら「知らねぇよ」って答えますからね、やっぱり。

H : 「登山家が何で山に登るんですか?」、「そこに山があるから」でしょ?ホントにその通りでさ。まぁ…絶対間違えのない答えをするなら、「人間の本能」だね。動物にはないんだから。美的感覚って本能の一つでしょ?それは他の動物にないワケじゃないよね?鳥だっていろいろ飾ったりするからさ。ただ自分の体を痛めてまでも装飾を施すっていう本能は、人間にしかないね。だからこれは本能の赴くままやってるんだけど、本能が赴かない人は彫らないんだから。…突っ込んで突っ込んで出る答えはそれだし、突っ込まなくてもそれ以外に答えはないね。

K : 本能ですね…。しかし日本では、持ってきた刺青の歴史であったり背景であったり、そういうことが偏見となって邪魔したりするんですよね。

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