この日の出演者の中にアメリカ在住のチベット人で、ディジュリドゥ奏者の「ナワン・ケチョ」という人がいた。ディジュリデュというのは長い筒状の管楽器で、一音しか出ない。しかし奏者のニュアンス一つで繊細な音も出れば激しい音も出る。彼はチベットのために、そういった世界中で開催されるチベット関連のフェスティバルで演奏し、音楽を披露しチベット独立を訴えていた。
 オレ達は会ったその場で、その日のステージでのセッションを約束した。
 曲のキーに音を合わせなければいけないので、ナワンさん持参のディジュリデュの先に紙コップを足して、少し低い音が出るようにした。1個じゃ微妙に音が高かったので、2個足した。笑いながら一緒に工作をした。素晴らしいひとときだった。「あぁ、音楽を演ればいいんだ。単純にそれだけなんだ。」と気付き、気持ちが軽くなった。  ステージで一緒に演奏したのは「Can't Help Fallin' In Love」、ナワンさんはオレ達トライアングルの真ん中に位置した。オレは無心で演奏した。ナワンさんはひたすら一音を吹き続けた。ナワンさんが最後に発した音は、苦痛にゆがむ龍の鳴き声の様に響いた。感動的な音であり、セッションだった。
 ライブ終了後、改めてメンバー揃ってインタビューを受けた。そんな美しい状況の中で、オレは「果たして非暴力でよいのか?」と発言した。オレの疑問は正しくはないにせよ、未だに間違った疑問だとは思っていない。
 いろんな意味で貴重な体験だった。

 それから数ヶ月後の2000年の春、オレ達はダライ・ラマ14世の来日レセプションに招待された。都内の一流ホテルの豪華な広間で行われたそのレセプションにダライ・ラマ14世は姿を見せ、スピーチをした。来賓の中にはテレビでお馴染みの政治家、評論家、文化人達の顔が見えた。…出席したのは覚えているが、内容はあまり思い出せない。

 そのまた数日後、チベット独立関連のボランティアや学生達に混ざって、ダライ・ラマ14世に接見した。そんなに大きくない部屋に100人弱の若者がいたと思う。実はこの時の記憶もあまり定かではないのだが、ダライ・ラマ14世と握手した時、彼のオレの手を握る力が凄かったコト。一連のチベット関連の動きの中で知り合ったボランティアの女の人が、膝をつき、手を合わせ、大粒の涙を流していたコト。それだけは鮮明に覚えている。

 その後、チベット関連の具体的な運動に参加する機会もなく、長い年月が過ぎた。
 この経験でオレの何が変わっただろう?チベット問題を身近に感じるようになり、惨状を知り関心を持った。しかし具体的には何もせず、せいぜい「チベット」という単語に敏感になったくらいだ。それでも大きなコトだと思うべきか…。

 そして事件は起こった。今年3月、独立を叫ぶ中国在住のチベット人グループが騒乱を起こした。これはすぐにチベット自治区に飛び火し、中国当局はいつもの様に武力で鎮圧した。
 しかし何故今回の騒乱がここまで大きく報道されたのか?それは、中国は今年、オリンピック開催を控えているからだ。事実この騒乱発生後に中国メディアは、「今回の騒乱は中国のオリンピック開催を妨害しようと計画されたものであり、ダライ・ラマ14世が指示している。」と一斉に報じた。それが真実かどうかは誰にも分からない。  しかし世論は中国の報道を捏造ではないかとの疑念を抱いた。聖火リレーの妨害が世界各国で起こっているコトを見ても、世論は明らかにチベットの味方だ。

 なんだかとても長くなったが、これがオレとチベットの関わり、最近皆さんが耳にする「チベット騒乱」や「聖火リレー騒動」のザラッとしたあらましだ。歴史的な部分の認識は、飽くまでもオレ自身の認識なので、違和感や異論のある人はそれぞれの気持ちの中で訂正して欲しい。

 さて、世の中ではこんな大事件が起こっている中、Ken Band は「Going South ツアー」を敢行した。オレは新メンバーを迎え、テメェのコトで手一杯だった。しかし…心のどこかで、「何かアクションを起こしたい」という感情が、沸々と湧いていた。これだけ関わりのあるコトなのに、あれだけの騒動が起こっているのに、何もしないなんて…。
 その思いがツアー4本目の渋谷 Club Asia で、やっと形に出来た。

 今回オレは、誰が悪いとかは言わない。正確に言うと、言えない。もう分からないのだ。国益とは難しいものだ。
 中国に関しては疑問点はいっぱいある。今回の領土問題にも「中国って…」と思う場面も多い。
 しかし、例えば台湾。チベットと近い立場とは言わないが、台湾も中国の統治下にあり、独立運動も盛んだ。だが先の台湾総統選挙では、中国寄りの野党が独立派の与党を押さえた。国民の判断も「今は独立より、急成長している中国の経済力にあやかろう」というコトなのだろうか。それが台湾の人民にとって「国益」であるなら、よその国は口を挟めない。
 重ねて言うが、チベットも同じだとは言っているワケではない。言いたいコトは、そこで生活をして肌で実感しない限り、民意は量れないのではないか?というコトだ。人道的には良いコトだとしても、今のオレの知識や気持ちでは、「Free Tibet」を声高に叫ぶコトは出来ない。  言うのはその人の自由だ。オレは言えない。

 言えない気持ちを「Handsome Johnny チベタン・バージョン」にして、みんなの前で歌った。ここに動画を貼っておく。(PCのみ)4月4日の赤坂 Blitz での「Handsome Johnny チベタン・バージョン」の映像が見れる。
 これを見て、知るきっかけになれば、考えるきっかけになれば、誰かが誰かなりの意見を持てるようになれば、ミュージシャンとして本望だ。

 演奏を始める前の長いうんちくも、併せて収録した。演奏を終えてからの話は収録されていない。
 実は、演奏後の話が本音なので、ここで書いておきたい。

 「世界平和、大いに結構だ。オレもこの世から争いや戦争など無くなればいいと思ってる。でもオレは、誰かがオレの家族に手をかけたら、全力でそいつを殺す。」

 会場は静まり返った。この言葉を聞いてガッカリした方もいただろう。これが無かったら美しく終わったかも知れない。せっかく「非暴力」や「平和的解決」に関わるコトなのに、熱くなった誰かの気持ちに水を掛けてしまったかも知れない。自分でも「言っちゃった…」とは思ったが、全く後悔はしていない。むしろ時間が経った今、本音を話せて良かったと思っている。
 「オレは本当にオレの言葉で喋ってるか?」、演奏が終わってすぐ、そんな気持ちに襲われた。もしそのまま終わったら、自己嫌悪に陥っていたところだ。自分が偽善者に見えたハズだ。
 コレが2008年の東京に暮らす男の本音だ。チベットを憂いはするが、やはり家族が大事だ。
 オレみたいな奴がいるのだから、争いがなくなるワケはない。

 よし、次のツアーを発表しよう。6月の中旬から下旬にかけて「The Rags to Riches ツアー U」を敢行する。このツアーのコンセプトは、大都市のホールとライブハウスを2日連続で演る、というものだ。前回同様、東名阪で演る。加えて今回は、仙台にもお邪魔する。4都市、計8本のツアーだ。

 夏には Ken Band 初の北海道上陸を果たすし、今年はこのままライブな1年にしたい。

 ご縁のある方は、是非会場で会おう。

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