「Going South ツアー」

 ゴメンねー、いきなりヘヴィーな話で。つまんないよね、そんなの。だってオレ、ロックンローラーだもん。音楽創って、ライブしてナンボだもん。

 さて、気を取り直して、3月末から4月にかけての「Going South ツアー」の話でもしよう。

 ミナミちゃん、やはり彼のポテンシャルはかなりのものだ。良いか悪いかは分からないが、…kemuri 時代は相当大人しく振舞ってたようだ。今まで発揮する機会のなかった彼のいたずら好きな面、天然なのでついつい悪気も無くひどいコトを言う面(コレが相当おもしろい)、満面の笑顔の下に隠された邪悪な素顔、Ken Band で少しずつ暴いて行こう。

 当初の予定では5本のツアーだったのだが、ホームページで発表させていただいた通り、ツアー直前で渋谷 Club Asia でのライブにサージが来れないコトが分かり、急遽オレのアコースティック・ライブに振り替えさせていただいた。
 なので、まだミナミちゃん加入後にやったライブはたったの4本…。しかし最近の練習スタジオには、もう何ヶ月も一緒にいるような雰囲気がある。
 それこそ初ライブ前は彼も相当緊張した様だし、オレも「緊張するミナミちゃん」をネタにしつこくいじめるのを楽しみにしていたのだが、「ワタクシ、緊張しておりまーす」といった風情を醸し出していたのは、初日の熊谷だけだった。翌日の水戸の出番前は、もうすでに「あ、そろそろ時間っすよね?」的な、神経のズ太さを披露してくれた。(ワケもなく、ガンちゃんの方がいつまーでも緊張してた。)
 そう、なかなかズ太い男だ。

 ミナミちゃん加入後、すぐに創った新曲「Going South」も毎回披露できた。この曲途中で高速スカになるのだが、オレはスカはやったコトないし、オレ自身全くと言っていいほど「スカっ気」がない。
 ある練習の時、オレはミナミちゃんに訊いた。「最速でスカ弾いたらどれくらいまで出来んの?」、弾いてもらったら、速くて切れがあって、…とりあえずカッコ良い。まずもって、オレには出来ない。これはどこかで使わないと勿体無いと思い、そのまま高速スカを生かした新曲を創ってしまった。Ken Band としても新鮮だし、何よりもプレイするのが楽しい曲に仕上がった。当初は「Going South ツアー」だけで演奏しようと思っていたのだが、楽しいのでしばらく演り続けようと思う。

 あ、次のツアーは「Saturday Night Hay Fever ツアー」と銘打って、神戸、福山、小倉、周南、松山にお邪魔する。途中博多で「F‐X Festival」にも参加させてもらう。(あー、このコラムが更新されてる頃には、神戸は終わっちゃってるかもなー。)
 そのF‐X Festival、前回も参加させてもらったのだが、室内でのフェスだった。楽しいフェスだったのだが、フェス独特の開放感はなかった。ライブ中にそれを感じたオレは、ブッキングを担当している人をステージに呼び、「来年は野外でやります」とお客さんの前で公言させてしまったのだ。…だからというワケではないのだろうが(そう信じたい)、今年は野外でやるコトになった。当然 Ken Band に出演オファーがあり、今更ながら「断ったらおもしろかったかもなぁ…」と悪い考えをしている。このフェス、楽しむっきゃねー。

 ちなみにこのツアータイトルも、お気付きの通り、ただのダジャレだ。有名なディスコ映画「Saturday Night Fever」と、花粉症を意味する英語「Hay Fever」をくっつけた。…ダジャレたのは良いが、コレも今更ながら、「ちょっと時期外れになっちゃったなぁ」とぼんやり考えているところだ。まぁいいじゃないですか。タイトルをつけた時期が、花粉症が猛威を振るってた時期だったのだから。
 ライブ活動を始めて20年目を迎えるオレだが、未だにこんな初歩的なミスをしてしまう。是非、ご愛嬌で済ませて欲しい。

 先述の渋谷 Club Asia でのアコースティック・ライブでの話もしよう。チケットの払い戻しをしないで観て行って下さったみんな、本当にありがとう。ズーッと床に座ったまま、或いは後ろの方で立ったまま、丸々2時間…疲れたとは思うけど、でも楽しかったね。
 正確に言うと、24曲、2時間10分演っていたそうだ。ユルーい雰囲気の中、とにかくよく弾いて歌って、よく喋った。お客さんのリクエストを訊いたり、話しながらタバコ吸ってみたり、オレの代わりに誰か歌いたい人いる?と問いかけ、立候補してきた若者「ザキちゃん」に、後で演ろうと思ってとっておいた「Father's Arms」を先に演られてしまったり、しかもオレより断然ムーディーに決められたり…、バンドのライブは当り前に好きだが、オレはあーいったアコースティック・ライブも大好きだ。  また機会があれば是非やりたい。東京と関西圏は演ったコトあるから、それ以外の地域で演ってみたいなぁ。

 このアコースティック・ライブと次の公演の赤坂 Blitz で、「Handsome Johnny チベタン・バージョン」を演った。
 もうご存知の方も多いだろうが、今一度ここでチベット問題について大雑把に説明したい。

 敬虔な仏教民族であり、古くは独立国家であったチベット。1950年代に中国の侵略を受け、現在は中国の支配下にあり「チベット自治区」と呼ばれている。中国の侵略を機に最高指導者のダライ・ラマ14世はインドに亡命、同国ダラムサラにチベット亡命政府を樹立。「非暴力」をスローガンに掲げ、今なお強い指導力を発揮している。
 問題なのは、中国のチベット民族への弾圧だ。
 1950年の侵略の際、数万という僧侶達が虐殺、拷問され、数千を超える寺院が人民解放軍により破壊された。「非暴力」を掲げているチベットの人民や僧侶達も、度々独立を叫び蜂起する。しかし中国の武力、中国兵の凶弾により鎮圧される。中国のチベットに対する弾圧はチベット文化の壊滅を狙ったものであるとの見方も多く、その行為は今も続いているという。

 ミュージシャンの中でこの惨状に動きをみせたのが Beastie Boys だ。「Free Tibet (チベットを解放せよ)」を合言葉に、「チベタン・フリーダム・コンサート」を企画、1996年にサン・フランシスコにて開催。Beastie Boys はもちろん、The Smashing Pumpkins や Rage Against The Machine、Red Hot Chili Peppers、Bjork など錚々たる大物ロック・バンド達が参加した。この動きは大きく拡大し、1999年には日本にも上陸し、アメリカ、オランダ、オーストラリアでの4ヶ国同時開催になった。
 この年、オレは Hi‐Standard でこの日本公演に参加した。知人を通じて企画者の Beastie Boys の ADAM からオファーを受けたのだ。政治的な性格を持つこのライブに参加するかどうかオレ達は悩んだが、来日中の ADAM と直接会い、話を聞き、出演を決めた。

 ライブ当日、バックステージの雰囲気がいつものライブとは明らかに違った。そりゃいつもの様に、笑顔の人もいればテンパってるスタッフもいる。違うと言えば、チベットの僧侶もいたし、普段のライブの楽屋では見慣れないボランティアの方々が忙しそうに、何人もオレの目の前を横切って行く光景。しかしそういった視覚的要素で違いを感じたワケではなかった。このライブが持つ政治的…あるいは人道的な意味合いを、空気がオレにさりげなく伝えていた。
 数々のメディアからも注目されていた。テレビカメラも数台バックステージに入っていて、出演者や関係者がインタビューを受けていた。もちろんオレのところにもコメントを録りにきたのだが、オレはその時はまだ空気の違いの正体が分からず、「今日は何かが違ってる。ライブの様で、ライブじゃない様な…。人道的には良いコトだとは思うが、オレには一つの国のためにライブをした経験がないから、その意味は終わるまで分からないと思う。」といったような主旨の発言と、戸惑う自分の姿を見せた覚えがある。

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