「助六」

 オレは ESP というギター・メーカーからスポンサーを受けている。このスポンサー・シップは95年頃から始まり、現在も続いている。この時間はギター・テクニシャンの Tan‐Shot とオレの歴史そのものだ。Tan‐Shot は ESP の人間だが、12〜3年に亘り、もちろん今でもオレのライブの時には必ずいてくれるし、ツアーにも全部同行してくれる。
 オレが Hi‐Standard 時代にメインとして使っていたレス・ポール・タイプ、通称「Honey」も、Navigator という ESP のブランドのギターだ。そして「Honey」を基本に、オレと Tan‐Shot が ESP の協力を得て生み出したのが、「Honey Ken」というレス・ポール・タイプのギターだ。

 Ken Band を始めてからは「助六(すけろく)」と名付けた、オリジナル・モデルを弾いている。
 その助六について、雑誌でお話したコトはあっても、ここでお話したコトはないので、今回ちょっと話したい。

 2000何年頃だったか…思い出せないけど、「自分のオリジナル・モデルを創りたい!」と、Tan‐Shot に願い出た。具体的にどんなモノ、というビジョンは全然なかったのだが、何故かそんな欲求に駆られた。しかし Tan‐Shot も興味を示してくれ、計画は手探りで相当何となくスタートした。

 甚だ余談ではあるが、まず何からしようか…考えた時、「工場を見学させてもらおう!」と思いついた。まず、そこからスタートするべきなんじゃないか、と思った。自分のギターはどんな場所で、どんな環境で、どんな人達が創ってくれているのか、それが知りたくて、木曽にある ESP のギター工場に見学にお邪魔した(この様子は、当時のギター・マガジン誌に掲載された)。そこで見た風景、一本のギターが生まれるまでの一つ一つの過程、若い職人さん達の顔、…未だに色褪せずに記憶にこびり付いている。
 楽しい経験だった。大量の廃材の中から木目の綺麗なメイプル材を拾って、塗装場で「コレにチェリー・サンバーストを塗ってくれ」とムチャクチャなお願いをしたり、ボディー材を加工する機械をしげしげと見つめたり、出荷を待つ完成品のギターに話しかけてみたり。
 一見、オリジナル・ギターを創るには不必要とも思えるこの行為、全然無駄ではなかった。この見学以来、ギターに対する有難味が変わったような気がするのだ。
 こういった経験は、薬にこそなれど、決して毒にはならない。
 オレはギターをもっと身近に、大切に感じるようになり、そしてもっと好きになってしまった。

 話を元へ戻そう。
 ESP のギターのいろんな機種を借りて弾いてみて、オリジナル・モデルのヒントを探した。いろいろ試してみたが…分かったコトはただ一つ、オレはレス・ポール・タイプ、つまりマホガニー・ボディーのメイプル・トップの音が好きだというコト。形も音も、結局レス・ポール・タイプが良いのだった。
 唯一レス・ポール・タイプの難点と言えば、ハイ・フレットの操作性が悪いコト。ネックも太い上に、シングル・カッタウェイなので、しょうがないと諦めていた…しかし、そこにオリジナル・モデルの光があった。

 「レス・ポール・タイプのボディーで、ダブル・カッタウェイにすりゃイイじゃん。」

 これはありそうでなかった!大体どんなダブル・カッタウェイのギターでも、若干どちらかが長かったり短かったりするモンだ。まったくのシンメトリーのダブル・カッタウェイで、細部はレス・ポール・タイプの路線を踏襲してるなんてギターには、オレは出会ったコトはなかった。音は好みのモノだろうし、ルックスもユニークだし、操作性も良くなる…はず。

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