「Dead at 武道館」
皆さんも既にご存知のコトとは思うが、オレは2008年1月13日、武道館のステージに立つ。
自分でも、当日どんな気持ちでステージに立つのか、全く想像がつかない。至極気楽なのか、それとも何かを背負っているのか。
「誰のためでもない、テメェ自身のため」と、言い聞かせてはいる。周りのみんなもそうあるべきだと思っている…とは思うのだが、オレ一人で成せるコトじゃない。自分の足で立つコトは間違いないのだが、今までの自分を支えてくれた周りの人達、今のオレを支持してくれている皆さんの何かを背中に乗せているのかも知れない。
しかし前項の繰り返しになるが、このライブでオレの音楽人生が終わるワケじゃない。「たどり着いた感」もなければ、ましてや「通過点」などというつもりも、毛頭ない。そんなの、このライブのポイントじゃない。
大好きなバンド達の「ライブ・アット・ブドーカン」を聴いて育ってきた。Bob
Dylan、Cheap Trick、Ozzy も出してる。The
Blue Hearts の初の武道館のビデオを、何度も観て何度も震えた。大好きな矢沢永吉さんの年末恒例の武道館公演など、何回行ったか分からない。
しかし、どうでもいい様なバンドだって演ってる。おおよそミュージシャンとは言いたくない様な人だって、人さえ入れば、人気さえあれば武道館で演れる。最早「何でもアリ」の場所だ。
ポイントは誰が演ったかでもない。
北に靖国神社、南に皇居、そういった場所で、日本人である自分が、日本の武道の精神の象徴とも云うべき場所に立つ…いや、それも考えはするが、ポイントとは言い切れない。
このライブのポイントは一体何だろうか…?
ハイ、能書きはここまで。
ポイントなど探すだけ野暮ってモンだ。
楽しんでやる、コレだけだ。
上記のコトは本当にいろいろ考えたが、人前でパフォーマンスするというコトの本質ではない。オレは、「ただ武道館で演ってみたい」だけだ。望むのは、武道館で気持ち良くライブして、皆さんに喜んでもらうコトだけだ。
武道館だからといって特別な仕掛け(例えば火柱とか…)を用意しているワケじゃないし、特別なステージ・セットを持ち込むワケでもない。もちろん、サージの空中アクションもない。
多少浮かれ気味ではあるが、それは気分だけの問題であって、ライブそのものは逆に普通に、いつも通りに演るつもりだ。
ただ、滅多にできる場所ではないので、なるべく多くの人に観てもらいたいとは願う。チケットに関しては、「3分の2しか埋まってません」とかだったらちょっと寂しいので、企画の段階からかなり心配していた。しかし幸運なコトに発売と同時に予定枚数が即完、という事態になった。現段階で、追加分も併せて10,000枚以上出てるらしい。だからといって2度出来るか、といったらそれは全くの別問題なのだが…。少なくとも13日は気分良く出来そうだ。
一緒にやってくれるバンドも決まった。当日ライブが始まるまで発表しないけど、彼らのパフォーマンスも非常に楽しみだ。
最後に、「Dead at Budokan」、このタイトルが思わぬ誤解を呼び起こしているらしく、オレにも心配のメールがいっぱい届いた。
「Ken Band が武道館を最後に解散するらしい」、…オレ達、そんなカッコ良いコトはしない。心配しなくても、誰に頼まれなくても、Ken
Band は続く。
では何故、そんなタイトルを付けたか?…先人達がこぞって「Live
at Budokan」と銘打ったので、ならばオレ達は
Dead で…という、安直極まりない発想だ。
まぁ「死んでもいい」ってくらい、良い時間であるコトを心から願う…とかオチにもならないコトを言って締めたい。
今回縁のある方々、武道館で会おう。
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