最近は、歩き回っちゃー何でも手に取りたがって、どこの引き出しも開けたがって、よく怒られます。オレも躊躇なく怒鳴りますから。「コラーッ!」って、楓太がビクッとするくらい大きな声で。
 もう怒鳴られると、口調で分かるんですよ。口を「への字」にして(通称「ビリ口」)、唇をワナワナと震わせ、泣き出してしまいます。

 そこで興味深いのが、怒られるとオレの方に泣きながら来て、ダッコをせがむんですよ。もう自分達の感覚だと、怒鳴られた人のところへ向かおうなんて、コレっぽっちも思わない…っちゅーか、思えないですよね?でも子供は来るんです。それは楓太が頼るのは親しかいないからなんです。
 当たり前なんですけどね、親は子供にとって「第一社会」という存在で、まず最初に接する社会であり、それがその内に第二社会、第三社会と増えていくんですが、今の楓太には第一…つまり親しかいないんです。
 泣きながらダッコをせがむ楓太を抱き上げ、優しく話しながら、自分に課せられた責任の重大さを感じ、いつまでたっても、例え男同士で気持ち悪いとしても、楓太が手を広げてやってきたなら抱きしめてあげられる存在でいたい、頼り甲斐のある父でありたい…そんなコトを考えています。

 でも声を荒げて怒るのも、ホントは考えものなんですけどね…。例えば机に乗ろうとしてたら、それは怒らなければいけません。何故なら、誰も机にはのらないから。しかし、台所の引き出しを開けようとしている時なんかは…、もちろん台所には包丁とかいろいろ危ないものがいっぱいで危険です。火の元があるし、引き出しに指を挟んで怪我をする可能性だってあります。でもオレと妻がいつも触っているのだから、怒っても説得力がないんです。もちろん「危ないから」という、怒るには十分な理由はあります。しかし、楓太はまだ、モノの善し悪しが区別つかないんです。「なんで自分だけ?」と思うでしょう。そこまでの思考力はまだ無いとしても、絶対に何か感じているハズです。怒った後で可哀想に思うんですが…今の楓太を危険から守るにはしょうがない、心を鬼にするしかないんです。
 今は「愛情を持って」怒鳴るっきゃありません。
 でも皮肉なモンでね、そういう瞬間に一番「親子」を感じるんですよ…。

 正直言うと、日常の危険な場面では、こんなコトを一々考えてる余裕はこっちにもありません。もっと反射的なものなので…でもそれだから、まだ救いがあるんです。これがもうちょっと分別が付き始めて、キチンとした説明が必要になった時…、怒鳴った後で、「後々こういったコトを、どう教えていこう…」と考えてしまいます。
 オレは「子供だからダメ」とか「とにかくダメ」とか、そういった物言いはしたくないんです。…自ずとやり方は見えてくるとは思うんですが、いつでも目線を楓太と同じ高さに置ける柔軟さを持っておきたいものです。

 オレは楓太には、「素直で思いやりのある」子に育って欲しいんです。
 そのためには、オレ自身が「素直で思いやりのある」男じゃなきゃいけない、…楓太を通して、それを教わりました。

 しかしね、オレが生きている世の中は、誰にでも素直では、誰にでも思いやりがあっては、絶対に生き抜けやしない場所です。

 なので、せめて我が子にだけは、温かく接します。

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