『横山健の別に危なくないコラム vol.51』
「Beyonds」
12月11日、新木場 Studio Coast で開催された
Punkrockers Bowl Vol.16 に Ken Band は出演した。
「出演した」とは言っても、自分で企画したのだが。コレが最高の夜だった。
今年の夏頃、「久し振りに東京のちょっと大きな会場でライブがやりたいなぁ」と考えた。演ったコトがなかった新木場
Studio Coast に会場を決め、さてさて、それではどんなバンドに対バンとして声をかけさせて頂こうか…。
最初に思い浮かんだのが、そのバンドだ。
「Beyonds と演りたい!」
Beyonds、…恐らく皆さんの内のほとんどが名前すら耳にしたコトの無いバンドだろう。それもそのはず、94年とかその頃には解散してたんじゃないだろうか…?
ところが2005年の暮頃、突然の復活。オレなんかは今年リリースされたシングル「シルトの岸辺で」のリリースで復活を知った。ただしオリジナル・メンバーはボーカルの谷口健ちゃんのみ。ギタリストの岡崎は解散前のメンバーだったけど、どちらかと言うと、解散後に結成した
Pealout での印象の方が強い。なのでほとんど「別バンド」と言っても差し支えない…様子だ。でもオレはどうしても、全くの別モノだとは分かっていても、「別モノ・Beyonds」と一緒に演りたくなってしまった。
ここで、オレと Beyonds の近からずもそう遠くない、互いの関係と歴史について話したい。
80年代後期、「バンド・ブーム」なる現象が起こった。バンド・ブームとは何なのか…、「いかすバンド天国(通称「イカ天」)」というテレビ番組が現れた。ライブハウスで活動しているバンドを中心に毎週10組ほど出演させ、演奏させ、競わせ、審査員が批評し、10週勝ち抜くとチャンピオンだか何だかの称号を与えた。
この番組はすぐに話題になった。番組出演を機に、昨日までお客さんが10人も入らなかった様なバンドが、一夜にして何百人も集客をするという、信じられないような事態が実際に起こった。簡単に成功を手に入れられるような錯覚に、バンド達が陥った。そして世の中も、「今、アマチュア・バンドやライブハウスが面白い!」となった。流行ったのだ。
当時ライブハウス界隈じゃ名前が知れているバンド達もこぞって出演し、番組の「皆無に等しい存在意義」に花を添えてしまった。大して実力も無いバンド達が次々と脚光を浴び、メジャーに青田買いされていった。
その後、ほんの一握りのバンドは残った(ブランキー・ジェット・シティー等)が、何百というバンド達が、誰にも知られること無く、ひっそりと潰れていった。まぁ同じ番組から飛び出して生き残るバンドなんて、一つや二つありゃ充分だ。
そして番組は終わり、その反動はライブハウスを直撃した。バンド数も激減し、ライブハウスに足を運ぶ人などいなくなった。「ライブハウスなど、もう古い」となったワケだ。人々は新しいカルチャーである「クラブ」に流れていった。
80年代後期から90年代前半にかけての、「ライブハウス、冬の時代」だ。
その頃20歳前後のオレは、下北沢のライブハウスでアルバイトをしていた。ライブハウスがどんどん下火になり、冷え切っていくのを、恐ろしいほど肌で感じた。…まぁそんな時期をライブハウスで過ごせたのは良い経験になった。「『プロ』になる」だの「音楽で喰ってく」だの、考えるのを止めた。「そうできればイイな…」とは思ってはいたが、「甘っちょろい」希望はその時に捨てた。時には持ち過ぎとも思えるオレのメディアに対する懐疑心も、恐らくこの頃に目の当たりにした光景、感じた恐怖心が根底にあるのだと思う。
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