まぁそんな感じで、話せばキリがないくらい、エピソードとハプニングだらけの毎日です。
好きなコトとは言え、仕事は毎日疲れます。夜、家に帰る頃にはヘロヘロになってたりボロボロになってたりするワケです。でも、家に入ると楓太がオレの顔を見て、「パパ君じゃがーーー!」と満面の笑みを浮かべてくれます。時には「もう、どこいっとったんでーーー!」嬌声もつけてくれます。階段のところまで迎えに来てくれたりもします。そして、「ダッコしてやーーー!」と両手を広げてきます。
そんな楓太を抱き上げる瞬間、いろんな悩みや面倒臭い問題とか、どうでもよくなってしまいます。
いろんな厄介なコトも、楓太の前では本当にちっぽけです。
家族っていいです。
「学校」
ここ最近、子供達の自殺がクローズアップされ、日本の学校教育の崩壊が叫ばれています。オレは楓太を抱きながら、「一体この子が出て行く頃には、学校はどんな場所になってしまっているんだろう」と、よく考えます。
もちろん、子供は学校で多くのコトを学びます。
でも自分の学校生活を顧みると、…学校という「場」では周りという社会とどうコミットするか、よく教わりました。しかし先生からは勉強以外のコトなど教わらなかった。先生に助けてもらった経験なんて、一度だってない。
見直し自体が徒労だとは言いません。ただ、学校なんて元々そんな程度のモンなんじゃないでしょうかね?あれだけ大人数の子供が集まる学校とは、元来「残酷な場所」なんですよ。
いじめだ、自殺だ、教師の淫行だって、全然今に始まった話じゃないでしょ?皆さん、学校に求め過ぎです。幻想を持ち過ぎです。
オレは、親が子供にキチンと「学校は何も助けてくれない」ってコトを説明し、親自身もそれを良く理解する必要がある、と考えますがいかがでしょうか?
その代わり子供を助けるのは、親の仕事です。子供の
SOS は、親が敏感に感知する必要があります。
希望のない話しちゃいますけどね、教育の見直し云々なんて所詮ね、役人のやっているコトですよ?我々の日常の問題や希望が反映されるワケないじゃないですか?
正しき教師の情熱が報われる場所なワケないじゃないですか?(ただね、公立なら我々の血税で運営されているワケなんだから、ちゃんとやって下さいよー。)
こう考えると、いろいろ変わって来てるんですねぇ。世の中も様々な事柄が細分化されて、陥る危険性を孕んだ隙間がいくらだってある。ケアしてもすぐに新しい隙間が出来てしまう。生きていきづらい、難しい時代になってきてますね。
…やっぱり子供にとっては、家庭が拠り所であるべきなんでしょう。子供にとっての家庭の重要度は、古き良き日本の頃よりも、更に増しています。
核家族化が進む中でしっかりとした親子関係を築いていくコトは、なかなか難しい課題だとは思いますが…。